映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エッシャー通りの赤いポスト」

エッシャー通りの赤いポスト」
2022年1月7日(金)ユーロスペースにて。午後1時より鑑賞(ユーロスペース2/D-9)

園子温監督の原点回帰。凄まじい熱量を持った群像劇

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年最初の映画です。

取り上げたのは園子温監督の「エッシャー通りの赤いポスト」。園監督といえば、「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」など数々の作品があるが、過激な描写も多い監督。そして最近では心筋梗塞で倒れ、死の淵まで覗いたものの見事に復帰。ニコラス・ケイジ主演の「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」でハリウッド進出も果たしている。

そんな園監督が、一転してデビュー当時のインディーズ映画のような世界に原点回帰した作品が「エッシャー通りの赤いポスト」である。

いわゆる群像劇だ。小林正監督(山岡竜弘)の新作映画「仮面」の出演者オーディションが行われる。演技経験の有無を問わずに募集したため、オーディション会場には、浴衣姿の劇団員たち、小林監督の親衛隊「小林監督心中クラブ」のメンバー、俳優志望の夫を亡くした若き未亡人(黒河内りく)とその家族、殺気立った訳ありの女(藤丸千)など、様々な事情を持つ人々が集まる。一方、脚本作りが難航している小林監督の前に、元恋人の方子(モーガン茉愛羅)が現れる。

前半は、映画のオーディション会場に集まった人たちそれぞれに焦点を当て、彼らが抱えた事情をあぶり出す。どれもユニークすぎる面々なので、自然にユーモアがあふれ出てくる。それを見ているだけで笑えるのだ。

そこでは郵便ポストが印象的に使われる。それぞれの応募者が、それぞれの思いを抱きながら応募用紙をポストに投函するのである。

もちろんオーディションの様子も描かれる。プロデューサーや監督の前で、参加者が演じ、自らを語る。そこで演じられる台本自体が突拍子もないのだが、それに加えて各人の自己アピールが爆笑ものだ。同時にただ面白いだけでなく、オーディションに賭ける参加者のピュアな姿が生き生きと映し出される。

主要キャストは、ほとんどが無名の俳優だ。園監督がワークショップを開催するにあたり、応募のあった697名から参加者51名を自ら選抜し、その全員が出演している。ベテラン俳優である藤田朋子田口主将もワークショップを通じて出演したという。

つまり、この映画はワークショップに参加した役者たちの現実と、オーディションを通して映画製作を描くという虚構が入り乱れるユニークな作品なのだ。そこがこの映画の魅力の一つになっている。

出演者たちの演技はどれも驚くほど存在感たっぷりだ。特に訳あり女を演じた藤丸千、若き未亡人を演じた黒河内りく、小林の元恋人を演じたモーガン茉愛羅の演技は特筆ものだ。彼らのキャリアは様々だが、すべて役どころにピタッとはまっている。また、過去の園作品に出演していた吹越満、渡辺哲、諏訪太朗らも脇を固めている。

中盤では、ベテランのエキストラの家に招かれた新人エキストラの姿を通じて、エキストラのやりがいと哀愁が描かれる。本作は園監督による映画愛の詰まった映画讃歌でもあるわけだ。

その映画讃歌には、陽ばかりではなく陰の部分も含まれる。それは“上の人”の横暴だ。小林監督は元恋人の助けもあり、新人俳優の発掘にまい進するが、エグゼクティブプロデューサーがそれに待ったをかける。彼はプロデューサーに対して「オーディションで選んだ無名俳優なんてダメだ。有名俳優を起用しろ」と要求してくる。

その一件がいかにも「映画業界あるある」なのだ。もしかしたら、実際にああいうことがあったのではないか。いやいや、園監督自身が体験したことなのかもしれない。などとつい勘ぐってしまう。

結局、有名女優はやらせでオーディションを受ける。それに対して小林監督は元恋人の意向もあり、新人を主役級に抜擢するのだが……。

その後の終盤の40分が凄いのだ。「仮面」の撮影風景を描くのだが、大量のエキストラ(その中にはオーディションに落ちた者もいる)と役者たち、監督やスタッフがごちゃ混ぜになって大暴れする。どつき合い、全力疾走し、川にはまり、彼らは思いのたけを叫ぶ。まさにカオス!!

そこには武骨なほどストレートなメッセージが込められている。「人生に立ち向かえ」「もっと自由になれ」。最後に挿入される渋谷のスクランブル交差点でゲリラ撮影したと思しき、藤丸千と黒河内りくのシーンが痛快すぎる。

そして観終わって思うのだ。たとえエキストラでも主役になれるのだ。自分の人生の主役は自分なのだと。この映画に込められた凄まじいエネルギーは、多くの観客の背中を押してくれるはずだ。本作は今を生きるすべての人に対する園監督の応援歌でもあるのだ。

群像劇といえばロバート・アルトマン監督の作品を思い起こすが、完成度やまとまりはともかく、熱量に関しては何百倍もそれを上回る。笑って、そして桁外れのエネルギーに圧倒されて、元気になれること請け合いの映画である。

 

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◆「エッシャー通りの赤いポスト」
(2020年 日本)(上映時間2時間26分)
監督・脚本・編集・音楽:園子温
出演:藤丸千、黒河内りく、モーガン茉愛羅、山岡竜弘、小西貴大、上地由真、縄田カノン、鈴木ふみ奈藤田朋子田口主将諏訪太朗、渡辺哲、吹越満
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://escherst-akaipost.jp/

 


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