映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「千夜、一夜」

「千夜、一夜」
2022年10月7日(金)テアトル新宿にて。午後1時より鑑賞(A-11)

~夫の失踪によって残された妻たちの揺れる心

「マイ・ブロークン・マリコ」を再度鑑賞してきた。場所はTOHOシネマズ日本橋。二度目とあって前回聴き取れなかったセリフもわかり、シイノに加えてマリコの心理もよく伝わってきた。今年のベスト級の日本映画だと再確認。

というわけで、この日は久々に2本の映画を鑑賞。その前に観たのが「千夜、一夜」である。日本の行方不明者は年間約8万人いるらしい。その「失踪者リスト」に着想を得て制作された人間ドラマだ。監督はドキュメンタリー出身で、2014年に公開された東日本大震災を取り上げた「家路」で注目を集めた久保田直。8年ぶりの長編監督作になる。

舞台は北の離島にある美しい港町(実際は佐渡で撮影されている)。水産工場で働く登美子(田中裕子)は、30年前に夫が突然姿を消して以来、その帰りを待ち続けていた。漁師の春男が彼女に思いを寄せているが相手にせず、ずっと一人で暮らしていた。ある日、そんな登美子のもとに、2年前に夫・洋司が失踪した奈美(尾野真千子)が現れる。奈美は自分の中で折り合いをつけるために、洋司がいなくなった理由を求めていた……。

本作で描かれるのは主人公の登美子をはじめ、残された者たちの揺れる心だ。30年前に突然夫が理由も告げずに失踪し、心の置きどころがないままに暮らしている登美子。今でも夫への思いを抱えてはいるが、同時に記憶が薄れていくことを恐れている。夫の声の入ったカセットテープが彼女の数少ない心の安らぎだ。彼女に思いを寄せる猟師の春男の誘いも、頑なに拒み続けている。

そんな登美子のもとに、2年前に夫に失踪された奈美がやって来る。教師だった彼女の夫もまた理由も告げずに姿を消していた。この島ではたびたび不審船が見つかることもあり、拉致ではないかと奈美は疑う。彼女はとにかく夫が姿を消した理由が欲しかったのである。

登美子は奈美の夫のことを調べ始める。そこで登美子は自分の身の上に、奈美を重ね合わせる。同時に、奈美の夫・洋司の姿を、失踪した自分の夫の姿に重ね合わせる。この二重の重ね合わせが、登美子の揺れる心を描くのに効果を発揮する。

ドキュメンタリー出身の監督とはいえ、殊更にドキュメンタリー的な撮り方をしているわけではない。だが、本作は徹底的にリアルだ。役者たちの地に足の着いた演技もあって(本物の現地の人かと思った)、ウソ臭さがまったくない。取材も相当したのだろう。それゆえ、登美子や奈美の心理がダイレクトに伝わってくるのである。

中盤、一人で暮らしていた登美子の母親が亡くなる。登美子は正真正銘の一人ぼっちになってしまう。その葬儀の最中、なぜか突然佐渡おけさが流れる。佐渡ではこれが風習になっているのか?とビックリしたら、そうではなかった。母が生前に言い残していたのだ。しかし、登美子はそのことを知らされていない。彼女は疎外感を味わう。「黙ってみんないなくなる」と。

一方、奈美は夫の不在に耐えられず、新しい相手とつきあい始める。自分は登美子のように待てないというのである。彼女にとって、登美子は夢の中に生きる女性であり、自分は現実の中で生きる女なのだ。

そんな中、登美子はある街で偶然洋司の姿を発見する。そして、彼を半ば強引に連れ帰ってくる。

奈美に新しい相手がいると知りながら、夫を連れて来る登美子の心理は複雑だ。そこに彼女は、失踪した自分の夫の影も見出している。彼女の心は千々に乱れる。

そんな中、春男が登美子に拒絶されて、海に漕ぎだして行方不明になる事件が起きる。その際の春男の母の狼狽ぶりを見て、登美子は自分の姿と重ね合わせる。

こうしたいくつもの重ね合わせがあるのがこのドラマの特徴。それが登美子の複雑な心理をいっそう際立たせ、失踪されたものの混乱や、怒り、不安、絶望など様々な感情をあぶり出す。

洋司との不思議な体験を経て迎えたラストシーン。波打ち際を歩く登美子の姿。その胸に去来するものは何か。苦悩の果てにたどり着いたその心境は?

主演の田中裕子の演技が素晴らしい。セリフはもちろん、表情の変化一つで登美子の微妙な心理を繊細に表現してみせる。尾野真千子も安定の演技。そして白石加代子、長内美那子、田島令子などのベテラン俳優が、まるで本物の地元民のように溶け込んでいるのもこの映画の特徴。おかげでリアルさが半端ない。

春男の登美子へのアプローチが強引だったり(一歩間違えばストーカーでしょ)、登美子が不審船の乗組員に強引に夫のことを聞く(いくらなんでも唐突でしょ)など、首をかしげたくなるところもあるのだが、失踪がもたらす悲劇をリアルに描き出したドラマなのは間違いない。重たくてやるせなさが漂う映画だが、見応えは十分だ。

私もたまにどこかに消えたくなる。もっとも私が消えても、親族も友人もほとんどいないから大して影響はないのだが。それでも普通の人が失踪したら、それはそれで大変な事態を巻き起こすことだろう。それがよくわかる映画だった。

◆「千夜、一夜」
(2022年 日本)(上映時間2時間6分)
監督・編集:久保田直
出演:田中裕子、尾野真千子安藤政信、ダンカン、白石加代子、長内美那子、田島令子山中崇阿部進之介田中要次平泉成小倉久寛
テアトル新宿シネスイッチ銀座ほかにて公開中
ホームページ https://bitters.co.jp/senyaichiya/

 


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