映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜明けまでバス停で」

「夜明けまでバス停で」
2022年10月9日(日)池袋シネマ・ロサにて。午前11時15分より鑑賞(シネマ・ロサ2/C-6)

~ベテラン監督による真っ向勝負の社会派映画。ラストは痛快!

足立正生監督が安倍首相の刺殺事件をモチーフに映画を作り、色々と物議をかもしているようだが、いったい何が問題なのかわからない。実際に起きた事件をモチーフに映画を撮るのは、昔からよくある話なのだ。

「夜明けまでバス停で」も実際に起きた事件をモチーフに作られた映画である。2020年冬に、東京・幡ヶ谷のバス停で寝泊まりするホームレスの女性が男に殺害された事件だ。高橋伴明監督は「今、これを世の中に発信しなければ」という思いで撮ったとのこと。

高橋監督といえば超ベテランの名監督。そして過去にも、三菱銀行人質事件の犯人を主人公にした「TATTOO<刺青>あり」(1982年)、連合赤軍による同志リンチ殺人事件を描いた「光の雨」(2001年)など、実話をベースにした映画を撮っている。

ちなみに高橋監督の奥さんは女優の高橋惠子。本作の製作にも名を連ねている。

この映画の主人公は北林三知子(板谷由夏)という40代の女性だ。昼間はアトリエで自作のアクセサリーを販売し、夜は焼き鳥屋で住み込みのバイトとして働いていた。そんな中、突然コロナ禍が訪れる。三知子はバイトを首になり、住む家も失ってしまう。次の仕事として介護職に就くことが決まっていたのだが、それもコロナ禍でダメになってしまう。行き場をなくした彼女がたどり着いたのは、街灯の下にポツリとたたずむバス停だった……。

三知子はどこにでもいる普通の女性だ。アクセサリー作家一本で食べていきたいが、なかなかそうもいかずにバイトをしている。経済的にはかなり厳しい。実家からは母の介護費用を出すように迫られるし、元夫の理不尽な借金を肩代わりしているらしい。

そんな彼女がコロナをきっかけに、まるで絵に描いたかのような転落人生を送ることになる。普通の女性が、一気にホームレスになってしまうのだ。こんな社会でいいのか?

とはいえ、三知子に問題がないわけではない。彼女は「自尊心」が強い。だから、誰にも弱みを見せられない。誰にも頼れない。それがますます彼女を孤立させる。

だが、誰が彼女を非難できるだろうか。誰だって強弱の差はあれ、自尊心を持っているだろう。困った時に人に頼るのは、気が引けるという人も多いはずだ。つまり、誰もが三知子のようになってしまう可能性があるのだ。

高橋監督は様々な葛藤や弱さも含めて、徹底的に三知子に寄り添って、彼女を追い詰めた社会の矛盾をあぶり出そうとする。奇をてらった演出をするわけではないが、街をさまようところを三知子目線で描くなど、随所に効果的な映像を挟み込む。ところどころにユーモアも散りばめている。

そこからは歪んだ社会の姿が浮かび上がる。例えば外国人差別の問題。焼き鳥屋での三知子の同僚にフィリピン人がいる。30年も日本に住んでいるのに周囲の目は今も厳しい。その女性は貧困の中、店の余り物を孫に持って帰ろうとするが、マネージャーは小バカにしながらそれを捨てる。

ちなみに、そのフィリピン人を演じているのは、かつて「月はどっちに出ている」(1993年)で人気者になったルビー・モレノだ。彼女自身の人生と彼女が演じるフィリピン人の人生がリンクして、何やら感慨深いものがある。

セクハラやパワハラにも焦点が当てられる。三知子が働いていた焼き鳥屋の店長・寺島千晴(大西礼芳)は、コロナ禍で現実と従業員との板挟みになる。さらに、マネージャーの大河原智(三浦貴大)のパワハラやセクハラにも頭を悩まされる。大河原は三知子たちの退職金も懐に入れようとする。これもまた日本の現実である。

高橋監督は政治家も映し出す。安倍晋三菅義偉の演説姿だが、それはいかにも空虚で心に響かない。特に菅に関しては、例の「まずは自助で自分でやってみる」という発言を取り上げて、その意味を観客に問いかける。三知子の転落人生を思えば、何と冷たい言葉なのだろう。

声高なメッセージや主義主張があるわけではない。しかし、ここには今の社会に対する明確な疑問がある。ごく普通の女性が自尊心ゆえに、こんなふうに転がってしまう社会への問題提起がなされるのだ。

実際の事件をモチーフにしただけに、冒頭には三知子があわや襲撃される場面が描かれる。そのため最後には悲劇が待っていることを覚悟したのだが、実際は違った。そこに待っていたのは実に痛快な結末だ。

終盤、三知子は公園で古参ホームレスの派手婆(根岸季衣)やバクダン(柄本明)と出会う。特に元爆弾犯人のバクダンとの交流は彼女に大きな影響を与える。

最後に、ようやく三知子を発見して退職金を手渡した店長の寺島に、彼女はあることを告げる。

そしてラストシーン!そこでは一瞬だが、驚くような場面が映る。弱者たちの連帯による反撃を高らかにうたい上げたシーンである。

高橋監督は全共闘世代。このドラマに登場するバクダンら古参ホームレスと同世代だろう。彼らの話には当時の学生運動の話も出てくる。手法はともあれ、権力への反抗の意志を込めた運動だ。誰もがホームレスになってしまうようなクソッたれの社会(汚い言葉で失礼)に、乾坤一擲の反撃を食らわすラストシーン。そこに全共闘世代の気骨を見た思いがする。

板谷由夏は2005年の「欲望」以来の主演映画ということだが、主人公の弱さだけでなく強さ、たくましさも表現する演技だった。店長役の大西礼芳も好演。ベテランの柄本明らも存在感たっぷりだ。

真っ向勝負の社会派映画とはいえ、教科書のようなお行儀の良さはない。痛快なラストも含めて、バランスがとても良く、ベテラン監督らしい余裕を感じさせる映画だ。何よりも今の時代に必見の作品だと思う。

 

◆「夜明けまでバス停で」
(2022年 日本)(上映時間1時間31分)
監督:高橋伴明
出演:板谷由夏大西礼芳三浦貴大、松浦祐也、ルビー・モレノ片岡礼子、土居志央梨、あめくみちこ、幕雄仁、鈴木秀人、長尾和宏、福地展成、小倉早貴、柄本佑、下元史朗、筒井真理子根岸季衣柄本明
*K’s cinema、池袋シネマ・ロサほかにて公開中
ホームページ http://yoakemademovie.com/

 


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