映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「パブリック 図書館の奇跡」

「パブリック 図書館の奇跡」
2020年7月18日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時45分より鑑賞(スクリーン9/D-11)。

~ホームレスの籠城劇を人情とユーモアに包んで描き「公共」を問う

む? エミリオ・エステベス? ああ、そうか。「ブレックファスト・クラブ」(1985年)で注目されたかつての青春スターね。父親は俳優のマーティン・シーンで、弟はチャーリー・シーン。え! もう過去に6本も監督作品があるのか。不覚にも知らなかった……。

そして彼の監督7作目が「パブリック 図書館の奇跡」(THE PUBLIC)(2018年 アメリカ)である。

アメリカのオハイオ州シンシナティの公立図書館が舞台のドラマだ。といっても、序盤で映るのは寒空の下、図書館の開館を待つホームレスたちの姿。そうなのだ。彼らは図書館が開いている時間は、そこで寒さをしのいでいるのだ。

実直な図書館員のスチュアート(エミリオ・エステベス)は、そうしたホームレスをはじめ様々な来館者の対応に追われていた。そんな中、警備員が体臭のきついホームレスを追い出したことが問題になり、訴訟沙汰に巻き込まれてしまう。

それでも何とか一日の業務を終え、閉館時間を迎えるスチュアート。閉館になれば、当然ホームレスたちも外に出て行く……はずだったのだが、なんと約70人のホームレスが閉館時間になっても帰らず、図書館を占拠してしまう。おりからの大寒波で、市のシェルターも満杯のため他に行き場がないというのだった。まもなく図書館の外には、彼らを排除しようとする警察や検察官に加えマスコミも集まり、大騒動になる。

本作に登場する場所はそれほど多くない。序盤でスチュアートが自宅でアパートの管理人(テイラー・シリング)と過ごすシーンが登場したり、のちにスチュアートと対峙することになる刑事(アレック・ボールドウィン)が行方不明の息子を探すシーンなどもあるが、基本的には図書館及びその周辺でのシーンがほとんどだ。

それでも飽きることはない。前半は個性的なキャラで見せていく。ホームレスのリーダーは貫禄十分だし、やたらに物知りのホームレスもいる。中には、「自分の視線で人が死ぬ」などと主張する男も。市長の座を虎視眈々と狙う検察官(クリスチャン・スレイター)や環境保護にこだわる図書館員の女性(ジェナ・マローン)など、その他の人々も個性派ぞろいだ。

さらに、突然全裸で歌い出す男もいれば、「実物大の地球儀はあるか?」などと聞く人物まで図書館を訪れる。そういう人たちのあれこれが生み出す笑いを中心に、テンポよくドラマを進めていく。

そして、いよいよ勃発する事件。そこで面白いのがスチュワートの変化だ。本来、彼は事件に巻き込まれたのに過ぎないのだが、すぐに様相が変わってくる。序盤の訴訟絡みで挑発してきた検察官にブチ切れたスチュワートは、いつの間にやらホームレス側に加担する。そして、検察官や警察とにらみ合う。

そんな中、警察はスチュワートの「ある過去」を突き止める。それを利用して政治的なイメージアップをもくろむ検察官の主張や、マスコミのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは事件を主導する危険な男に仕立て上げられてしまう。その「ある過去」はスチュワートをホームレスに加担させた背景でもある。

後半は、「はたして立てこもり劇の結末はいかに……」という興味で引っ張る。同時に、スチュアートやホームレスによる軽妙なやりとりなどもあり、肩ひじ張らずに楽しめる。ホームレスたちが注文したピザの配達をめぐる一件など、笑いのネタも尽きない。

スチュワートがマスコミに対して、スタインベックの「怒りの葡萄(ぶどう)」の一節を読むなど、いかにも図書館を舞台にしたドラマらしいシーンもある。

この映画には、様々な深刻なテーマが横たわっている。最大のテーマはタイトルにもある「パブリック=公共」だ。図書館のような公共施設の役目とは何なのか。文字通りのお役所仕事で弱者を切り捨てていいのか。面白おかしく事件を報道するマスコミや、何でも政治利用しようとする権力者などに対する問題提起もある。

だが、それらに真正面から切り込むのではなく、ヒューマニズムとユーモアに包んで描いたところがこの映画の真骨頂だろう。

終盤の展開がそれを如実に表している。事態はいよいよ緊迫する。そんな中、救援物資を届ける市民の善意が映し出される。そして、最後の最後に起きた出来事は……。

そこは当然ながら伏せておくが、まさに奇跡のような出来事だ。「なるほどそう来ましたか」と思わずニッコリしてしまった。何とも痛快な結末。

劇中で、図書館長はこう言う。「図書館は民主主義の最後の砦だ!」。これこそが、エステベス監督たちが最も言いたかったことなのかもしれない。

翻って見るに、日本の図書館はどうなっているのか。ツタヤあたりに運営委託して、オシャレになった地方自治体の図書館などもあるようだが、そもそもの「公共」という意味について真剣に考えたことがあるのだろうか。日本でこの映画と同じような事件が起きたらどうするのか。うーむ……。

とはいえ、そんな深刻なことを考えずとも、楽しく見られて心が温まる映画です。そこに社会派の要素をさりげなく盛り込んだ良作!

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◆「パブリック 図書館の奇跡」(THE PUBLIC)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間59分)
監督・脚本・製作:エミリオ・エステベス
出演:エミリオ・エステベスアレック・ボールドウィンジェナ・マローン、テイラー・シリング、クリスチャン・スレイター、チェ・“ライムフェスト”・スミス、ガブリエル・ユニオン、ジェイコブ・バルガス、マイケル・K・ウィリアムズ、ジェフリー・ライト
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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