映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「聖地には蜘蛛が巣を張る」

「聖地には蜘蛛が巣を張る」
2023年4月16日(日)新宿シネマカリテにて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/A-6)

~娼婦連続殺人事件を通して描くイラン社会の暗部

「ボーダー 二つの世界」(2018年)を鑑賞した方はいるだろうか。醜い容貌ゆえに孤独な人生を送りながらも、特殊な嗅覚を活かして税関業務で働くヒロインがたどる運命を描いたファンタジー調のスリラーで、異様な緊張感と不気味さに包まれた出色の映画だった。

その映画を監督したアリ・アッバシの新作が「聖地には蜘蛛が巣を張る」である。イラン系デンマーク人のアッバシ監督が、イランで実際に起きた娼婦連続殺人事件を基に描いたドラマだ。

2000年代初頭、イランの聖地マシュハドで娼婦ばかりを狙った連続殺人事件が発生する。「スパイダー・キラー」と呼ばれる犯人は、犯行声明で自分は街を浄化するために行っていると語る。女性ジャーナリストのラヒミ(ザール・アミール=エブラヒミ)が取材を開始するが、犯人はなかなか捕まらない。苛立ちを募らせたラヒミは危険な行動に出るのだが……。

この映画はサスペンスでもあり、スリラーでもある。序盤に描かれるのは1人の娼婦が何者かに殺される場面。彼女はある男の誘いでバイクに乗り、どこかへ連れて行かれる。途中で不審に思った娼婦が帰ろうとすると、その男は豹変し首を絞めて彼女を殺し、遺体を遺棄する。彼こそは連続娼婦殺人事件の犯人「スパイダー・キラー」。その正体はサイード(メフディ・バジェスタニ)という男である。

いやいやいや、それって犯人がバレバレじゃん。犯人がわかっちゃったら面白くも何ともないでしょう。

と思うかもしれない。だが、そんなことはまったくないのだ。「ボーダー 二つの世界」と同様に異様な緊張感と不気味さに包まれ、さらにすさまじい恐怖感が加わったおかげで、身じろぎもせずにスクリーンを見つめてしまったのである。

前半は、テヘランから来た女性ジャーナリストのラヒミが事件を追う姿が描かれる。彼女はマシュハドに着いて予約済みのホテルに宿泊するが、一度は満室だと断られる。単身の独身女性など宿泊させたくないのだ。イラン社会の女性の生きづらさを象徴するような出来事だがそれだけではない。ラヒミはテヘランでセクハラを告発したところ、逆にクビにされた過去を持つらしい。

そうした境遇だけに、ラヒミは戦闘的にならざるを得ない。彼女は事件を追うだけでなく、息苦しい社会とも戦っているのだ。彼女の相棒となった男性記者も全面的には信用しない。鋭く突っ込んで彼をたじたじにさせる。また、秘密主義に徹しようとする警察幹部にも彼女は鋭く突っ込む(ちなみに、こいつは後々とんでもない言動をして彼女を恐怖で震え上がらせるセクハラ野郎である)。とにかく遮二無二犯人を追うのである。

そして問題のサイードである。彼は建築屋として働き妻子を養っている。妻や子供には優しく接する。その一方で、夜になれば娼婦に声をかけ恐ろしい犯行を重ねる。退役軍人でもある彼は、その殺人を街の浄化として正当化する。だが、次第に心のバランスが崩れ始める。周囲に隠し事をしているだけに、様々な軋轢も生まれる。

警察は犯人を追うが、なかなかその正体は明らかにならない。警察幹部に至っては、いずれボロを出すからその時につかまえるなどと悠長なことを言う始末。

業を煮やしたラヒミは、ついに自ら危険な賭けに打って出る。

というわけで、背筋がぞくぞくするような緊張感と恐怖感の波状攻撃で、犯行を重ねるサイードとそれを追うラヒミの姿が描かれるわけだが、本作の真骨頂は別のところにある。サイードが逮捕されてからの出来事だ。

彼はかねてからの主張通りに、自分は街を浄化しただけで無罪だと事件を正当化する。裁判でもそれを平然と主張する。すると、それを支持する人々が多数出現し、彼を英雄だと崇めまつるのだ。

増長したサイードはますます自分の正しさを訴える。だが、弁護士は刑を軽くするため、彼は戦争で心を病み精神障害があると主張する。検事はそんなことはとりあわず極刑を求刑する。判事も厳格に彼を裁こうとする。だが、彼らにも何やら怪しい影がつきまとう。話はあらぬ方向に転がり、奇怪な展開をたどることになる。

ラストが何とも意味深だ。テヘランに帰るラヒミが男性記者と別れ(ようやく心を許した感じ)、バスに乗り込む。そこで取り出したビデオカメラに映る映像。世代を超えて負の連鎖が継承されることを暗示して、うすら寒い気持ちにさせられてしまった。

本作の背景として描かれるのは原理主義、家父長制、男性優位主義、女性蔑視といったイスラム社会の現状だ。そもそも娼婦たちは困窮するがゆえに夜の街に出るのであり、まずその問題を解決するのが先決だろう。そんなこともわからずにサイードを支持するイランの民衆を見て、バカだなコイツらと思った刹那、これを他人事と言い切れるのだろうか、こうした問題は世界共通ではないのだろうか、日本だって……と思ってしまったのだ。

ラヒミを演じたザーラ・アミール・エブラヒミが美しい~! いや、美しいばかりではなくその演技力も確かなものだ。カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したのも納得である。何でも彼女はスキャンダルでフランスに亡命せざるを得なかったということだが、それ自体がイランの閉鎖性を感じさせる話である。

アッバシ監督の研ぎ澄まされた感性がより先鋭化し、社会と真っ向から対峙している。イランの暗部を描いただけにイラン映画では成立しえなかっただろう作品だ(イランでの撮影の許可も下りなかったという)。イラン社会は、いや世界は恐ろしさに満ちている。

◆「聖地には蜘蛛が巣を張る」(HOLY SPIDER)
(2022年 デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス)(上映時間1時間58分)
監督:アリ・アッバシ
出演:メフディ・バジェスタニ、ザール・アミール=エブラヒミ、アラシュ・アシュティアニ、フォルザン・ジャムシドネジャド
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/seichikumo/

 


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