映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ザ・ホエール」

「ザ・ホエール」
2023年4月10日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン2/D-9)

~死にゆく巨体の男の愛と悲しみとこの世でやり残したこと

「レスラー」でミッキー・ロークを、「ブラック・スワン」でナタリー・ポートマンを輝かせた実績を持つダーレン・アロノフスキー監督。今度の新作「ザ・ホエール」ではブレンダン・フレイザーを輝かせた。

心に傷を抱えた巨体の男が自らの死期を悟り、疎遠だった娘との絆を取り戻そうする5日間を描いたドラマだ。

恋人のアランを亡くした悲しみから立ち直れずに、過食症に陥ってしまったチャーリー(ブレンダン・フレイザー)。272キロの巨体で、歩行器なしでは移動できないほどだった。大学のオンライン授業の講師として生計を立てているが、心不全の症状が悪化。アランの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)は病院に行くことを勧めるが、チャーリーは拒否する。死期が近いことを悟った彼は、8年前に離婚して以来疎遠になっていた17歳の娘エリー(セイディー・シンク)との関係を修復したいと願うのだが……。

原作は劇作家サム・D・ハンターによる舞台劇だ。それをハンター自身の脚本で映画化した。それだけに、ドラマはほぼ室内のみで展開される。派手な動きもなくセリフ中心に話が進んでいく。かなり地味なドラマだ。

だが、それでも最後まで飽きることはなかった。緊張感あふれる筆致の中にそこはかとないユーモアを漂わせ、さらに登場人物を巧みに出し入れしている。アロノフスキー監督の過去作と共通する要素も多く、そういう意味でも興味深い作品だ。

主人公の巨体の持ち主チャーリーは、オンライン講師をしている。冒頭は、そのオンライン講座の画面が映る。しかし、学生がほとんど顔を出しているのに対して、チャーリーはカメラオフで映像なし。つまり顔を隠している。自身が奇異な目で見られるのを予想しているのだ。ちなみに、毎日彼のもとにピザを届ける配達員にも、彼は絶対に顔を見せない。

そんな彼を甲斐甲斐しく面倒を見ているのが看護師のリズだ。彼女はチャーリーの恋人だったアランの妹でもある。時には厳しい言葉も浴びせ、チャーリーを励ます。心から彼を心配していることがよくわかる。

リズに見守られながら、チャーリーは自らの死期を悟り、ずっと疎遠だった娘エリーとの絆を取り戻そうとする。だが、このエリーときたらひどく反抗的で、チャーリーに懐こうとしない。それもそのはず、8歳の時に男の恋人のもとに走り、家庭を捨てたチャーリーを彼女は憎んでいた。おまけにエリーは学校生活や家庭に問題を抱えていた。エリーは毎日チャーリーの家にやってきて、さんざん悪態をついて、学校で落第判定されたエッセイの書き直しを命じる。

登場人物は他にもいる。教会から派遣されてきたという青年トーマス(タイ・シンプキンス)だ。偶然、チャーリーのピンチを救った彼は、それから何度か家を訪ねてくる。終末論を信じ、キリスト再誕を唱える彼の宗派の教えをチャーリーに説くが、チャーリーはあまり関心がなさそうだ。看護師のリズに至っては、彼の宗派を徹底して糾弾した。実はそれには理由があったのだ。

だが、そのチャーリーがエリーと接触したことから、彼の素顔が明らかになり、思わぬ展開を招くことになる。

というように、中心はチャーリーが娘との絆を取り戻そうするドラマではあるものの、それ以外にも周辺の様々な人物の人間模様が展開されるのだ。しかも、チャーリーとエリーのドラマは、最後まで思い切りひん曲がっている。徐々に両者の関係が近づくとか、心を開き合うといった素直なドラマとは無縁だ。それでもその端々から、両者の揺れる心情がチラリチラリと見えてくる。

ドラマの終盤には、ラスボス登場。チャーリーの元妻でエリーの母親メアリー(サマンサ・モートン)がやって来る。予想通り、彼女はチャーリーを罵り、二度と埋められない溝を露呈する。だが、同時に、かつて愛し合った者でなければ生まれない感情も垣間見せる。

そして訪れたラストシーン。それまでの舞台劇的な展開から離れて、ここでは映画的な大胆な構成が用意されている。それが何かは見てのお楽しみ。何にしても美しく輝かしいシーンである。

タイトルの「ザ・ホエール」とは、チャーリーの巨体をイメージすると同時に、メルビルの小説「白鯨」に関するエッセイが、父と娘をつなぐ役割を果たすことから命名されているようだ。ラストシーンで、そのタイトルがより明確に意味を持ってくる。

それにしても、よくぞブレンダン・フレイザーをキャスティングしたものである。「ハムナプトラ」シリーズでスターになったものの、その後の浮き沈みが何やら映画の内容ともリンクする。毎日4時間かけてメイキャップし、45キロのファットスーツを着用して撮影に挑んだというから、それだけでも大変な苦労だが、その演技ときたら繊細で素晴らしいものだった。アカデミー主演男優賞も納得。

看護師リズ役のホン・チャウもこれまた見事な演技。「ザ・メニュー」では、不気味な東洋人という感じだったが、今回は幅広い感情表現で演技力の高さを見せつけた。

チャーリーが求めていたものは許しか、愛か、それとも……。宗教的な色合いも含めて、色々と深いテーマが横たわっていそうな映画だ。ありがちなハートウォームストーリーとはまったく違うドラマである。観終わって不思議な感情に包まれた。

◆「ザ・ホエール」(THE WHALE)
(2022年 アメリカ)(上映時間1時間57分)
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、タイ・シンプキンス、サマンサ・モートン
*TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
ホームページ https://whale-movie.jp/

 


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