映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」
2021年1月17日(日)シネ・リーブル池袋にて。午後1時30分より鑑賞(スクリーン2/G-5)。

~かつての恋人の記憶を呼び戻そうとする男の純な心

去年の秋頃だったと思うが、松竹からオンライン試写会の募集メールが来た。作品名は伏せられていたが、参加してみたら名優ブルース・ダーン主演の映画だった。なかなか面白いコメディだったが、はたして一般公開されるのか……と思っていたら、このほど無事に公開されたので今度は劇場で鑑賞してみた。「43年後のアイ・ラヴ・ユー」である。

主人公は、LA郊外に一人で暮らす70歳の元演劇評論家のクロード(ブルース・ダーン)。ある日、かつての恋人で人気舞台女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)がアルツハイマーで高齢者施設に入所したことを知る。クロードは自分もアルツハイマーのフリをして同じ施設に入所する。だが、再会したリリィはクロードとの思い出を完全に失っていた。なんとかして自分のことを思い出してもらおうとするクロードだったが……。

クロードは元気な老人だ。アルツハイマーなどとは無縁。毒気に満ちた言動で周囲を戸惑わせる。そんなクロードが友人のシェーン(ブライアン・コックス)に無理やり協力させ、高齢者施設へ入所しようとする。そこでの施設の責任者とのちぐはぐなやり取りが、笑いを誘う。下ネタも飛び出すが、適度なところで収めているからお下劣にはならない。

こうして施設への潜入に成功したクロード。そこにはユニークな入所者がいる。スパイが自分を狙っていると思い込む女性や食べ物に塩を大量にかける男など、いずれも強烈な個性の持ち主だ。そうしたアルツハイマーの人々の行状で笑いをとるのだが、終盤にはちゃんと彼らをフォローしているので嫌な感じにはならない。

そして、リリィとの再会。若き日の2人の姿なども織り込みつつ、その頃の切ない恋を描き出す。特にリリィが舞台女優、クロードが演劇評論家ということで、演劇絡みのアイテムが効果的に使われる。43年前にクロードがリリィからもらった手紙には、ハムレットがオフィーリアに宛てたラブレターの一節「星の燃ゆるを疑えども……」が引用されている。

だが、今のリリィはまったくクロードを覚えていない。そこで彼は必死に自分のことを思い出させようとする。リリィの好きなユリの花を部屋いっぱいに飾ったり、ガーシュインのCDを贈ったり。その健気な姿には、素直にクロードを応援したくなる。リリィに対するクロードの思いは純粋そのものなのだ。

本作のサブストーリーには、クロードの娘セルマ(シエンナ・ギドリー)や孫娘タニア(セレナ・ケネディ)のドラマがある。セルマは州の副知事と結婚しているが、夫の女性スキャンダルが発覚。複雑な感情を抱えている。一方、タニアも父のスキャンダルで好奇の視線を受け、家出を決意するに至る。そんな2人が後半のドラマに大きくかかわってくる。

終盤、クロードはある計画を立てる。この施設では様々な催しが行われており、近日中には演劇の公演も予定されていた。そこで、クロードはかつてリリィが演じたシェイクスピアの戯曲「冬物語」を上演することを画策するのだ。それには孫娘のタニアが協力する。

この場面はこの映画で一番の感動のシーンだ。「冬物語」は、夫と愛人の狭間で揺れながらも、最後まで夫を裏切らない妻を描いた作品。実はリリィには夫がいて、クロードとの関係は不倫だったのだ。つまり、この戯曲はリリィ自身の人生とも重なるもの。それゆえ、彼女はそこに感情移入してしまうのである。

かくして、ロマンチックな仕掛けの果てに待っているのは奇跡の瞬間。そこから目が離せない。

そして、ラストはタニアのロマンスなども盛り込みつつ、誰もが望む結末へ。とはいえ、最後をクロードとシェーンのユーモラスなシーンで締めくくるあたりの遊び心が楽しい。

荒唐無稽な話だし、そもそもクロードとリリィの恋は不倫である。にもかかわらず、素直な気持ちで観ることができるのは、何といっても主演のブルース・ダーンの味わいある演技のおかげだろう。緩急自在。カンヌ国際映画祭男優賞を受賞した「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」の無口な頑固親父とは一転、お茶目で真っ直ぐな男を演じている。

リリィ役のカロリーヌ・シロルは、いかにも昔の大女優という感じ。本人も舞台を中心に活躍してきたらしい。

クロードの親友シェーン役のブライアン・コックスもいい味を出している。

アルツハイマーというと悲惨だったり、重たいドラマになりがちだが、そうしたことはあえて描かずに、病気をひとつのきっかけとした再会とロマンスの物語にしているのが本作の特徴だ。おかげで前向きで温かさにあふれた映画になっている。

 

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◆「43年後のアイ・ラヴ・ユー」(REMEMBER ME)
(2019年 スペイン・アメリカ・フランス)(上映時間1時間29分)
監督:マルティン・ロセテ
出演:ブルース・ダーン、カロリーヌ・シロル、シエンナ・ギロリー、ベロニカ・フォルケ、セレナ・ケネディブライアン・コックス
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/43love/