「500ページの夢の束」
新宿ピカデリーにて。2018年9月9日(日)午後12時45分より鑑賞(シアター5/C-9)。
~「スター・トレック」への熱い思いで成長する自閉症の少女の旅
兄弟や姉妹が揃って俳優という例はよくあるが、揃ってバリバリと活躍しているケースは、それほど多くないのではないか。そんな中、ダコタ&エルのファニング姉妹は、幼い頃から今に至るまで両者ともコンスタントに活躍を続けている。
そして今回、姉のダコタ・ファニングが自閉症の女性という難しい役を演じたのが、「500ページの夢の束」(PLEASE STAND BY)(2017年 アメリカ)である。
主人公は自閉症の女性ウェンディ(ダコタ・ファニング)。施設で、ソーシャルワーカーのスコッティ(トニ・コレット)の支援を受けながら暮らしている。
自閉症といっても、様々な症状があるのだろうが、ウェンディの場合には人と話すのが苦手。自分のことが自分でできない。物忘れが激しい。そしてときどき感情のコントロールが効かなくなってしまう。
そんな彼女を自立に導くために、スコッティは毎日規則正しい生活を課していた。起床から就寝まですべてルーティンに沿って行動する。曜日ごとに着るセーターの色も決まっていた。日中はアルバイトもしていたが、その行き帰りも指示通りに行動する。
そんな彼女には唯一の楽しみがあった。映画の冒頭、ウェンディの目のアップが映る。彼女は閉じていた目を開ける。すると、彼女が語る物語が聞こえてくる。宇宙の物語だ。あの有名な「スター・トレック」である。
ウェンディは「スター・トレック」の大ファンで、趣味で脚本を書いていたのだ。「ストー・トレック」に関する知識なら、誰にも負けなかった。そして、ある日、「スター・トレック」の脚本コンテストが開かれることを知ったウェンディは、自ら書いた脚本を応募しようと考える。
ウェンディは最初から施設に入っていたわけではない。長らく面倒を見てきた母が亡くなったのちは、姉オードリー(アイリス・イヴ)が彼女の面倒を見ていた。だが、オードリーの妊娠などをきっかけに、施設に入ることになったのだ。
ウェンディは再び姉一家と暮らすことを願っていた。何よりも、叔母としてオードリーの子どもと対面したいと思っていた。だが、オードリーはそれを拒否する。彼女はウェンディを愛していた。できれば一緒に暮らしたいとも思っていた。それでも、ウェンディが抱える自閉症の厄介さを熟知しているだけに、前に踏み出すことができなかったのだ。
そのことによってウェンディは混乱し取り乱す。同時に脚本コンテストが、郵送では締め切りに間に合わないことに気づく。そこで、ウェンディは、もはや自分で直接脚本を届けるしかないと考え、早朝に無断で施設を抜け出し、ロサンゼルスのパラマウント・ピクチャーズを目指すのだった。
そこからはウェンディのロードムービーが展開する。彼女の後をついてきた愛犬ピートも一緒に旅をする。だが、その旅は苦難の連続だ。何しろウェンディは、人とうまくコミュニケーションがとれず、生活の基本も単独ではうまくこなせない。ほとんどのことが初めての体験なのだ。
苦労しながらどうにかバスの切符を買ったものの、ピートの存在がバレてバスから降ろされてしまう。途中で出会った親切そうな若い母親と会話を交わすが、あえなく金を奪われてしまう。
そんなハラハラドキドキの経験を重ねるウェンディの心理を、ベン・リューイン監督はリアルに見せていく。ウェンディに寄り添いつつも、適度な距離感を保って彼女を見守る。しかも、その視線は温かい。おかげで、自閉症のことをよく知らなくても、まるで自分がウェンディになったかのような気持ちを味わってしまう。
それには、ダコタ・ファニングの迫真の演技も大きく貢献する。彼女が見せる様々な表情が、自閉症の女性という枠を越えてウェンディの多面性を浮き彫りにしていく。ストレートな感情表現だけでなく、内面に抱えた様々なものもしっかりと見えてくる演技である。
というわけで、一歩間違えば深刻で重いタッチになりがちな映画だが、全編にユーモアをまぶしているのがこの映画の大きな特徴だ。その中心になるのが「スター・トレック」ネタだ。ただし、「スター・トレック」を知らない人でも笑えるように配慮されているからご安心を。
中盤からのロードムービーでは、ソーシャルワーカーのスコッティと姉オードリーも大きな役割を果たす。ウェンディの行方を必死で追う2人。
それを通してスコッティは、今までのウェンディに対する接し方が良かったのかどうか自問自答する。また、同行した息子との絆を強めていく。ちなみに、この息子も大の「スター・トレック」好きで、ウェンディの理解者として大活躍する。一方、姉のオードリーは、ウェンディに対する愛を再確認し迷いを吹っ切っていく。
ウェンディの旅はトラブルばかりではない。親切で優しい人にも出会う。孫が障がいを持つという老婆もその一人だ。だが、その出会いがまたまた大騒動につながる。
はたして、ウェンディは無事に脚本を届けられるのか。クライマックスの前には、この映画最大の笑いどころが用意されている。ウェンディと「スター・トレック」好きの警官による奇妙な会話だ。ここは爆笑必至の場面。それを経てウェンディの旅は終幕を迎える。
旅を通じてウェンディはほんの少しずつ成長していく。「脚本を届ける」という強い思いが、彼女を変えたのだ。それまで自分に自信を持てず、明確な自己主張ができなかったウェンディが、終盤で思いっきり胸の内をぶちまけるシーンは、そんな彼女の成長を象徴的に表す場面だろう。ここでのダコタの演技も出色だ。
脚本コンクールの成否とは関係なく、バイト先の同僚との心温まるエピソードをさらりと挿入し、家族の絆で締めくくるラストも心地よい。観終わって爽やかな風が吹き、心がポカポカと温まった。そして何よりも、強い思いで自分を変えて前に進んだウェンディの姿が、多くの人に勇気を与えてくれそうな映画である。
◆「500ページの夢の束」(PLEASE STAND BY)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間33分)
監督:ベン・リューイン
出演:ダコタ・ファニング、トニ・コレット、アリス・イヴ、リヴァー・アレクサンダー、マイケル・スタール=デヴィッド、ジェシカ・ロース、マーラ・ギブス、ジェイコブ・ワイソッキ、パットン・オズワルト、ロビン・ワイガート
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://500page-yume.com/