映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「スウィート・シング」

「スウィート・シング」
2021年11月6日(土)新宿シネマカリテにて。午後2時35分より鑑賞(スクリーン2/A-5)

~モノクロ映像で綴る頼る大人を失くした姉弟の旅路

東京国際映画祭も閉幕。私が唯一鑑賞した「もうひとりのトム」は最優秀女優賞を獲得した。なるほど、主演のフリア・チャベスの演技はすごかったもんねぇ。この映画、はたして日本公開はされるのか。公開されるにしても、たぶん1年後ぐらいだろう。

そんな中、昨年の第33回東京国際映画祭の「ユース」部門で上映された映画が公開になった。アメリカ映画「スウィート・シング」である。ちなみに、東京国際映画祭上映時のタイトルは「愛しい存在」。

監督はアメリカのインディーズ映画界で活躍し、「父の恋人」「イン・ザ・スープ」「フォー・ルームス」などの秀作を1990年代に送り出したアレクサンダー・ロックウェル。経歴を見ると2010年の「ピート・スモールズは死んだ! 」など数本の監督作があるようだが、いずれも日本公開はされていないようで、日本公開作品は実に25年ぶりとなる。

主人公は、マサチューセッツ州ニューベッドフォードで暮らす15歳の少女ビリー(ラナ・ロックウェル)と11歳の弟ニコ(ニコ・ロックウェル)。父アダム(ウィル・パットン)と貧しいながらも幸せに暮らしている。母イヴ(カリン・パーソンズ)は家を出て、別の男と暮らしていた。そんな中、酒浸りだったアダムは、クリスマスに家族と一緒に食事をするはずだったイヴとトラブルになったのをきっかけに、いっそう酒におぼれる。その挙句に、強制入院させられることになってしまう。他に身寄りのない姉弟は、母のイヴのもとを目指すのだが……。

頼る大人を失くした姉弟のドラマだ。特徴的なのは、16ミリフィルムのモノクロ映像で描いているところ。そこにパートカラーの映像が随所に挟まれる。その美しさたるや息を飲むほどだ。魔術的なまでに美しい。鮮烈かつ繊細、詩的な映像である。

音楽の使い方も抜群にうまい。ビリー・ホリデイの曲をはじめ、クラシック、ロックなどあらゆるジャンルの音楽を使っているのだが、実に場面場面に合った使い方をしている。

カメラは子供目線の寄りの映像を多用する。それが姉弟の心情を細やかに映し出す。彼らのたくましさと弱さを同時に見せる。さらに、ビリーの命名の由来となった歌手ビリー・ホリデイを空想の世界に登場させるなど、ファンタジックな映像も効果を発揮する。彼らを取り巻く現実が厳しいからこそ、そのきらめきがひときわ鮮やかに映る。

大人たちの描写も秀逸だ。父のアダムは子供たちを愛している。それが手に取るようにわかる。だが、酒が彼をダメにする。酔ってビリーの髪を切ろうとするところなどは、ある意味虐待に近いのだが、それでも彼の根底から愛情が消えることはない。それでも子供たちを不幸にしてしまう。

母のイヴも同様だ。子供たちを嫌いなわけではない。だが、どうしようもないDV 男に引っかかり、ひどい目に遭いながらもどうしても離れられない。そのことが、子供たちを追い詰めてしまう。そんな大人たちのどうしようもなさが伝わってくる。

終盤、壊れた大人たちに翻弄されたビリーとニコは、海辺で出会った少年(彼も不幸を背負っている)を道連れに旅に出る。それは逃避と冒険の旅路だ。そこでようやく彼らは、大人たちの呪縛から解放される。

しかし、アウトローを自称する彼らに待ち受ける運命は、ハッピーエンドとはいかない。ショッキングで苦い出来事が起きる。そのことが彼らの旅を終わらせる。だが、それでもラストには希望を感じさせるエンディングが用意されている。子どもたちの未来に対するロックウェル監督の願望が、そこに込められているのだろう。

姉弟はじめ、子供たちの前に横たわるのは過酷な現実だ。だが、彼らは悪戦苦闘しつつそれを乗り越えていく。そのしなやかさとしたたかさが、まぶしく思えてくる。

ビリーとニコの姉弟役を演じるのは、ロックウェル監督の実子のラナ・ロックウェルとニコ・ロックウェル。どちらも恐ろしく演技がうまい。特に姉のラナ・ロックウェルは、その憂いを秘めた表情が大物感を漂わせている。劇中で披露する歌もなかなかのもので、これは将来が楽しみかも。

父役のウィル・パットン、母役のカリン・パーソンズ(監督の奥さん)も、なかなかの好演だった。

本作はロックウェル監督と、彼が教えるニューヨーク大の学生たちの共同作業による作品だ。キャストも身内を起用しており、手作りの映画といえる。だが、その手触りは圧倒的に若い息吹に満ちている。20代の監督の初監督作品といっても、誰も疑わないだろう。ベテラン監督による、みずみずしさにあふれた作品である。

 

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◆「スウィート・シング」(SWEET THING)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間31分)
監督・脚本:アレクサンダー・ロックウェル
出演:ラナ・ロックウェル、ニコ・ロックウェル、ジャバリ・ワトキンズ、ウィル・パットン、カリン・パーソンズ、M・L・ジョゼファー、スティーヴン・ランダッツォ
*新宿シネマカリテにて公開中
ホームページ http://moviola.jp/sweetthing/

 


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