映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ジョジョ・ラビット」

ジョジョ・ラビット」
池袋シネマ・ロサにて。2020年1月25日(土)午後1時より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-8)。

~少年の目を通して描いた新機軸のナチス映画。ユーモラスで生き生きした日常の先に見える恐怖

ナチスものの映画は数多い。「もうネタ切れでは?」と思うたびに、また新たなタイプの作品が登場してくる。欧米の人々にとって、それほどナチスは歴史上忘れられない、そして忘れてはいけない存在なのだろう。

そんな中、また新たなナチスものの映画が登場した。「ジョジョ・ラビット」(JOJO RABBIT)(2019年 ドイツ・アメリカ)である。第44回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞しただけでなく、第77回ゴールデングローブ賞で作品賞、主演男優に、第92回アカデミー賞で作品賞、助演女優賞など6部門にノミネートされた。

この映画の特徴は、10歳の子供を主役に据えて、その視点からナチスを描いているところ。しかも、ファンタジーの要素を大胆に導入し、笑いとともにドラマを展開する。こうした切り口の作品は、過去にはあまりなかったように思える。

第二次世界大戦下のドイツ。主人公の10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイヴィス)は、母のロージースカーレット・ヨハンソン)と暮らしている。ある日、彼はナチスの青少年団「ヒトラーユーゲント」の合宿に参加することになる。

そこでジョジョは、厳しい訓練を懸命にこなしていく。だが、訓練でウサギを殺すことができなかったジョジョは、教官から「ジョジョ・ラビット」という不名誉なあだ名をつけられ、仲間たちからもからかわれる。しかも、その後、彼は手榴弾の投てき訓練に失敗して、大ケガを負ってしまう……。

ジョジョのそばには、常にある人物がいる。合宿への参加を前にして、その人物は「僕にはムリかも」と不安を感じるジョジョを励ます。合宿参加後も何かと彼を元気づける。その人物とは、なんと、あのヒトラーなのだ!!!

「なんで、普通の少年のそばにヒトラーがいるの?」と思うかもしれないが、実はこれ、ジョジョの空想上の友達のアドルフ(タイカ・ワイティティ)なのだ。ジョジョは独裁者を自身の空想の中に取り込んで、理想の友達としてつきあっていたのである。理想化されたヒトラーだから、その人物像も極悪非道というわけではない。ジョジョとアドルフの会話は、シニカルで軽妙でユーモラス。そこから自然に笑いが湧き上がる。こうした設定が秀逸だ。

ユダヤ人を敵視する座学だったり、本格的な軍事教練だったりするヒトラーユーゲントの合宿も、ユーモアたっぷりに見せる。ジョジョとアドルフの会話に加え、戦いで片目を失ったクレンツェンドルフ大尉(サム・ロックウェル)、18人も子供を産んだという教官のミス・ラーム(レベル・ウィルソン)などのユニークな人物たちの言動によって、笑いに包んで描くのだ。

そしてもう一人、ジョジョを支える人物がいる。美しい母ロージーである。大けがをして訓練を外れ、雑用係に回された失意のジョジョを励ます。その母子の明るくハジケたやり取りが良い。ナチスに心酔するジョジョを、ロージーは温かく受け止めたり、巧みにあしらうなどして彼の成長を促す。その絶妙な距離感が素晴らしい。

ロージージョジョの靴ひもを結んでやる場面が印象的だ。靴と靴ひもは、この後もドラマの重要な場面で登場する。また、ロージーが不在の夫に扮してジョジョを諭し、“3人”でダンスを踊る場面も心に染みる。

そんな中、ドラマは大きな転機を迎える。ジョジョは自宅の屋根裏に潜む少女の存在に気づく。それはロージーによって匿われていたユダヤ人少女のエルサ(トーマシン・マッケンジー)だった。ナチスによってユダヤ人敵視を叩きこまれたジョジョは、当初は彼女を毛嫌いする。だが、やがて彼女に心惹かれるようになる。

この2人の交流も本作の大きなポイントだ。ジョジョは姉を亡くしており、エルサにその影も見ているようだ。エルサの話をヒントに、スケッチブックにユダヤ人の絵を描くジョジョジョジョがでっち上げたエルサのフィアンセからの偽の手紙も、2人の交流において大きな役割を果たす。

終盤は怒涛の展開だ。秘密警察による家宅捜索でのあわやという展開、その後に起きるあまりにも悲しい出来事(ここでも靴と靴ひもが観客の情感を刺激する)。そこに至るまでにも、戦争の悲劇やナチスの恐ろしさは十分に伝わるのだが、終盤の激しい市街戦がそれをさらにダメ押しする。それでも、その合間にチラリとユーモアを紛れ込ませる心憎さもある。

最後に描かれるのはナチス敗北後のエピソード。敗北を受け入れ難かったのか、あるいはエルサと離れたくなかったのか、ジョジョは嘘をついてしまう。だが、それでも彼はある決断をする。そして、アドルフと決別して新たな一歩を踏み出す。

本作はドイツ語ではなく、英語でドラマが展開する。そんな中、オープニングではザ・ビートルズの「抱きしめたい」のドイツ語バージョンが流れ、ラストではデヴィッド・ボウイの「ヒーロー」のドイツ語バージョンが流れる。

このラストの「ヒーロー」をバックにしたジョジョとエルサの姿は必見だ。様々な経験を経たジョジョの成長とエルサの新たな人生を象徴した、温かで心が躍る見事なラストシーンである。

この映画の監督・脚本はアドルフ役も兼ねたタイカ・ワイティティ。「マイティ・ソー バトルロイヤル」でブレイクした人だが、これだけ存在感のあるナチスものの映画を撮るのだから、その才能はかなりのものと見た。

そして忘れてはならないのが、オーディションで選ばれたというジョジョ役のローマン・グリフィン・デイヴィス。とてもこれが初演技とは思えない見事さだ。新たな天才子役の誕生と言っても過言ではないだろう。ロージー役のスカーレット・ヨハンソン、エルサ役のトーマシン・マッケンジー、教官役のサム・ロックウェルなど脇役たちの演技も素晴らしい。

新機軸のナチス映画の誕生だ。ジョジョの視点で描かれたナチスや戦争は、まるでおとぎ話のようであり、同時に残酷でもある。空想のアドルフも含めて、そうした戦時下の日常から戦争やナチズムに対する観客の様々な思いを喚起する。その点で、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」と共通するものがあるかもしれない。

 

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◆「ジョジョ・ラビット」(JOJO RABBIT)
(2019年 ドイツ・アメリカ)(上映時間1時間49分)
監督・脚本:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス、トーマシン・マッケンジータイカ・ワイティティレベル・ウィルソン、スティーヴン・マーチャント、アルフィー・アレン、アーチー・イェーツ、サム・ロックウェルスカーレット・ヨハンソン
*りTOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/