映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「花椒の味」

花椒の味」
2021年11月11日(木)新宿武蔵野館にて。午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/B-8)

~父の死をきっかけに出会った3人の異母姉妹の葛藤と成長

火鍋といえば、赤色の辛いスープが特徴の中国の鍋。日本でもおなじみだが、残念ながら私は食べたことがない。その火鍋店を舞台にした香港映画が「花椒(ホアジャオ)の味」だ。エイミー・チャンの小説「我的愛如此麻辣」をもとに、香港の女性監督ヘイワード・マックが脚本・監督を手がけた。

旅行代理店で働くユーシュー(サミー・チェン)のもとに、父リョン(ケニー・ビー)が倒れたという知らせが届く。急いで病院に駆けつけるが、すでに父は死んでいた。久しぶりに父の経営する火鍋店「一家火鍋」へ行き、遺品の携帯電話を確かめていたユーシューは、そこに自分とよく似た名前を見つける。

父の葬儀の日、葬儀場には台北から来た次女ルージーメーガン・ライ)、重慶から来た三女ルーグオ(リー・シャオフォン)が現れ、今まで存在すら知らなかった3人の異母姉妹が初めて顔を合わせる。それぞれ父に対する複雑な思いや家族とのわだかまりを抱えた3人は、父の秘伝の味を再現しようと奮闘するのだが……。

異母姉妹のドラマといえば、是枝裕和監督の「海街diary」を思い起こすが、本作はいわば香港版「海街diary」。母親が違う3人の姉妹が交流を重ね、様々な葛藤を乗り越えて成長する。

まず目につくのが3姉妹のキャラだ。いかにも優等生タイプの長女ユーシューに対して、次女ルージーはボーイッシュなビリヤード選手、三女ルーグオは髪をオレンジ色に染めたネットショップオーナーと、それぞれにキャラが立っている。

普通この手のドラマは、3人が仲違いしつつ、少しずつ距離を縮めていくものだが本作は違う。3人は最初こそギクシャクするものの、すぐに仲良くなる。それもそのはず、3人の関係性は本作の肝ではない。中心的に描かれるのは、姉妹それぞれと家族との関係である。

ルージーは母との確執を抱えている。父と別れた後でルージーのことが気になって仕方ない母は、何かと彼女に干渉していた。ルージーはそれを嫌い、強く反発していた。ビリヤードの成績も思うように向上しない。

ルーグオは再婚してカナダに渡った母に代わって、祖母の面倒を見ていた。両者の関係はふだんは良好だったが、孫の将来を心配した祖母が見合い話を持ち込むなど、ルーグオを結婚させようと躍起になったことから、その関係には隙間風が吹き始める。

そして、長女のユーシューだ。彼女は亡き父と疎遠になっていた。父は一度はユーシューの母親を捨てて台湾に渡っていた。それなのに母が病気になると戻って看病するようになった。そんな父をユーシューは強く非難した。さらに、母の死後も忙しくて思うようにコミュニケーションが取れずに、2人の関係はギクシャクしたままだった。

そんな家族の葛藤を抱えた三姉妹だが、一緒に過ごす時はひたすら楽しくて仲が良い。火鍋を作りながら笑い合い、父の思い出話でしんみりし、酔っぱらってまた爆笑する。ほとんど会ったことのない3人がこんなに仲良くできるのに、長く暮らす親や祖母には素直になれない。それがとてももどかしい。

ヘイワード・マック監督はそんな3人の姿を生き生きと描く。ユーシューに関しては、過去の回想シーンなども挟み込み(亡き父がふんだんに登場する)、彼女の心の葛藤を浮き彫りにする。

ユーシューの過去の恋愛模様や(元婚約者はアンディ・ラウ!)、病院の麻酔科医との現在の交流なども描かれる。

ユーモアもタップリ込められている。何しろ父の葬儀では、仏教徒なのを知らないユーシューが(それを知らないほど父と疎遠だったという証拠でもある)、ド派手な道教の葬式を挙げてしまうのだ。ゴキブリを見て、父の生まれ変わりだと三姉妹が大騒ぎするシーンもある。

後半のドラマは、図らずも父の火鍋店を継ぐことになったユーシューが、父の味を再現しようと奮闘する姿を柱に据える。そこに協力するのが、家出をしてきたルージーとルーグオだ。3人は店を盛り上げようと一生懸命になる。

それを通して、3人はそれぞれの家族との絆を結び直していく。ルージーは母との、そしてルーグオは祖母との絆だ。

そして、ラストシーンではちょっとファンタジックな仕掛けを施して、ユーシューと亡き父との絆をしっかりスクリーンに刻み込む。

最後の展開には一瞬驚いたが、ユーシューの成長を示すにはああいう終わり方が正解なのだろう。

主人公のユーシューを演じたのは、歌手としても女優としても活躍するサミー・チェン。父との確執を抱えた後悔から、人の優しさを素直に受け取れないユーシューの姿を巧みに演じていた。姉妹との交流を通して次第に笑顔が増えていくところが印象的。

さらにルージー役の台湾のメーガン・ライ、ルーグオ役の中国のリー・シャオフォンも好演。リー・シャオファンは、「芳華 Youth」(2017)での演技も強烈なインパクトを放っていた。

ほんわかとした温かみを感じさせる映画だった。なかなかに味わいがある。火鍋もなかなかに美味しそうである。

 

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◆「花椒の味」(花椒之味/FAGARA)
(2019年 香港)(上映時間1時間58分)
監督・脚本:ヘイワード・マック
出演:サミー・チェン、メーガン・ライ、リー・シャオフォン、リウ・ルイチー、ウー・イエンシュー、ケニー・ビー、リッチー・レンアンディ・ラウ
新宿武蔵野館にて公開中
ホームページ https://fagara.musashino-k.jp/

 


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