映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「愛のまなざしを」

「愛のまなざしを」
2021年11月12日(金)シネマ・ロサにて。午後2時5分より鑑賞(シネマ・ロサ1/C-7)

~亡き妻への思いを巡り錯綜する男と女の感情

杉野希妃という女優をご存じだろうか。女優として演技をしながらプロデューサーを務め、さらに監督業にも進出している。日本には珍しいタイプの女優である。

その杉野希妃がプロデューサーに名を連ね、主要な役どころで出演している心理サスペンスが「愛のまなざしを」である。

精神科医の貴志(仲村トオル)は、6年前に亡くなった妻の薫(中村ゆり)のことが忘れられず、心のバランスを崩して精神安定剤を手放せない日々を送っていた。そんな彼の前に、恋人との関係に疲れた女・綾子(杉野希妃)が患者として現れる。やがて2人は医師と患者という立場を超えて愛し合うようになる。しかし、亡き妻への思いが断ちきれない貴志に対して綾子は異常な嫉妬心を燃やし、思わぬ暴走を始めるのだった。

舞台劇のように濃密な心理サスペンスである。そして最初から最後まで緊張感が途切れない。その源泉は、言うまでもなく貴志と綾子の複雑な関係性にある。

精神科医である貴志と患者である綾子の関係は、最初は貴志が主導権を握っている。しかし、2人の関係が深まるうちにその立場は逆転する。さらに、新たな登場人物が現れるごとに、その関係性は錯綜し二転三転して、新たな展開を迎える。

貴志には一人息子がいて、同居する薫の両親が面倒を見ている。貴志は息子を見れば薫を思い出すからと、あまり家には帰らない。そんな貴志を息子は嫌う。一方、薫の弟茂(斎藤工)は、姉を死に追いやった貴志を憎んでいた。綾子はそんな茂に取り入り、薫の死の真相を聞き出す。

実は薫はうつ病にかかって自殺していたのだ。貴志は自ら薫の治療をしていたのだが、救うことができなかった。その罪の意識もあって、薫のことが忘れられなかったのである。

万田邦敏監督は、「UN loved」「接吻」などの過去作でもヒリヒリするような男女の愛憎劇を鋭く描写してきた。本作でも情感に溺れることなく、冷徹に貴志と綾子の関係性をあぶり出している。その冷たい空気感が、このドラマをいっそうスリリングなものにしている。

閉塞感に包まれた2人の関係性を象徴するように登場する地下道や、地下にある貴志の診察室、貴志の家の居間などのイメージも、このドラマの世界観を際立たせる。

また、すでにこの世にはいない薫だが、劇中では貴志の幻想や夢の中にたびたび登場して貴志と会話を交わす。彼にとって薫は、そのぐらい今もリアルな存在なのだろう。それもまたこの映画に、不思議な魅力をもたらしている。

本来なら現世の存在である綾子と、すでに死んでいる薫では勝負になりようもない。だが、綾子は猛烈に彼女に嫉妬する。そのゆがんだ感情が彼女を暴走させる。それをきっかけに、それまで薫に対して揺るぎない愛情を感じていた貴志は、大いに戸惑い、混乱し、堕ちていく。

そして、その先に待つのは破滅的な結末だ。予想もしない展開が待っている。だが、同時にそこからは人間の本性が赤裸々にあぶり出される。

亡き妻に未練タラタラの男と、とんでもない暴走女の愛憎劇。そんなチープなドラマになりがちな素材を、これだけの映画にするのだからスゴイ。ややセリフが紋切り型で今ひとつ面白みに欠けるところが気になるものの、背筋ゾクゾクものの怖い映画だった。単なる男女の愛憎劇を超えた奥深さを感じさせるドラマである。

仲村トオルはこの手の役がよく似合う。そして杉野希妃の壊れっぷりが半端でない。なぜに彼女がそうなったのか。生い立ちなどはあまり語られないのだが、それでも彼女の行動を納得させる演技で、見事なファムファタールぶりだった。

監督、脚本、出演をこなした2016年の「雪女」でも、妖しい雪女を魅力的に演じていた杉野希妃。その妖しさにますます磨きがかかった感がある。

 

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◆「愛のまなざしを」
(2020年 日本)(上映時間1時間42分)
監督:万田邦敏
出演:仲村トオル、杉野希妃、斎藤工中村ゆり、藤原大祐、万田祐介、松林うらら、ベンガル森口瑤子片桐はいり
ユーロスペースシネマ・ロサほかにて公開中
ホームページ https://aimana-movie.com/

 


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