映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「コロンバス」

「コロンバス」
シアター・イメージ・フォーラムにて。2020年3月18日(水)午後12時40分より鑑賞(シアター2/C-5)。

小津安二郎モダニズム建築への愛が詰まった彷徨う男女の会話劇

小津安二郎と言えば、言わずと知れた日本映画史に残る名監督だ。その影響は、日本のみならず海外にも広く及んでいる。小津を敬愛していることを公言する海外の映画人は、枚挙にいとまがない。

「コロンバス」(COLUMBUS)(2017年 アメリカ)は、そんな小津フレーバーにあふれたアメリカのインディーズ映画だ。本作で脚本・編集も兼ねるコゴナダ監督は、小津やヒチコックのドキュメンタリーを撮ったことがあるという。それより何より、コゴナダという名前は、小津映画に欠かせない脚本家の野田高梧に因んだものだというのである。まさに、小津への愛を体現する監督と言えるだろう。

本作の大きな特徴は、その舞台設定にある。インディアナ州コロンバス。そこはモダニズム建築の宝庫として知られる街。エーロ・サーリネンによるミラー邸(アレキサンダー・ジラルドの内装)、ノース・クリスチャン教会をはじめ、IMペイ、リチャード・マイヤー、ジェームス・ポルシェックなどの代表作が建ち並んでいる。

などと偉そうに言っているが、スイマセン。建築に疎いので、本当はよく理解していません。公式サイトの受け売りです。

しかし、とにかくスゴイ建築物がたくさんある建築で有名な街なのだ。そんなたくさんの建築物が、次々に登場するのが本作。つまり、この映画は小津安二郎と同時に、モダニズム建築にもオマージュを捧げた作品なのである。

そんなコロンバスで展開されるドラマ。主要な登場人物は2人いる。1人は韓国系アメリカ人の青年ジン(ジョン・チョー)。彼は講演ツアー中の建築学者の父が倒れたとの知らせを受け、韓国・ソウルからやって来る。そしてもう1人は、高校卒業後も地元に留まり、図書館で働くケイシー(ヘイリー・ルー・リチャードソン)。そんな2人が偶然出会い、様々な建築物を巡りながら会話を交わす。

それはひたすら静謐な会話劇だ。カメラはほぼ固定され、間違っても手持ちカメラを使うような躍動感のある映像は登場しない。静かで、穏やかで、抑制的な場面が連続する。なるほど、そこには確実に小津映画に共通するタッチが見て取れる。人物配置や奥行きを強調した構図なども小津映画を思わせる要素だろう。

最初はギクシャクする2人の会話。だが、徐々に噛み合っていく。そんな会話の積み重ねの中から、ジンとケイシーの状況や心理が少しずつ見えてくる。

ジンは父との確執を抱え、できれば早くこの街を立ち去りたいと思っている。父の専門分野である建築も大嫌いだ。一方、ケイシーは薬物依存などの過去があり精神的に不安定な母親の看病のため、夢である建築の道をあきらめて、コロンバスに留まり続けている。

つまり、2人はまったく対照的な存在なのだ。それにもかかわらず、いや、それだからこそ、2人は惹かれあっていく。とはいえ、お手軽な恋愛関係に発展したりはしない。お互いにほんの少しずつ心の距離を縮めていく様子を、繊細かつ自然に描き出していく。2人の絶妙の距離感にウソ臭さはない。

当然ながら、2人の会話の背景には様々な建築物が描かれる。それらの全てのカットが美しく、建築への愛が感じられる。それぞれの建築に関するうんちくも、さりげなく会話に盛り込まれている。

ケイシーの母親、ケイシーのボーイフレンド、ジンがかつて思いを寄せた女性なども、効果的にドラマに絡んで、2人の心模様を際立たせる。

劇的なことは何も起きない。せいぜいジンとケイシーがちょっとした言い争いをしたり、感情が激したケイシーが狂ったように踊るシーンなどが目立つ程度だ。

しかし、ラストでは確実に、そして力強く2人の新たな人生をスクリーンに刻む。ポジティブで、とてもあと味の良い結末だ。

ちなみに、本作でケイシーはやたらにタバコをスパスパ吸うのだが、それがラストの彼女の旅立ちの伏線になっているところにも感心させられた。

ジンを演じた「スター・トレック」「search サーチ」のジョン・チョウ、ケイシーを演じた「スプリット」「スウィート17モンスター」のヘイリー・ルー・リチャードソン。いずれもその抑制的な演技が、本作にぴったりと合っていた。

小津とモダニズム建築にオマージュを捧げつつ、単なる様式美に陥ることなく、血の通った人間ドラマに仕立て上げた佳作。ジワジワと心に染みる作品だ。

ところで、本作で注目されたコゴナダ監督は、気鋭の制作スタジオA24(アカデミー受賞作「ムーンライト」をはじめ「ルーム」「ヘレディタリー/継承」など、数々のヒット作を制作)に抜擢され、コリン・ファレル主演の「After Yang」が今年公開予定とのこと。そりゃあ、これだけの才能は見逃さないよなぁ。

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◆「コロンバス」(COLUMBUS)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間43分)
監督・脚本・編集:コゴナダ
出演:ジョン・チョー、ヘイリー・ルー・リチャードソン、パーカー・ポージー、ミシェル・フォーブス、ロリー・カルキン
*シアター・イメージ・フォーラムほかにて公開中
ホームページ https://columbus.net-broadway.com/

columbus.net-broadway.com