映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「1987、ある闘いの真実」

1987、ある闘いの真実
シネマート新宿にて。2018年9月11日(火)午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/E-14)。

~韓国の歴史の転換点となった学生拷問死事件。社会派ドラマがエンタメ映画に

韓国映画は密度の濃い作品が多い。少し前に日本公開になった「タクシー運転手 約束は海を越えて」のような社会派の映画でも、ちゃんとしたエンタメ映画として成立させている。様々な要素をギッシリ詰め込んで、観客をあの手この手で楽しませてくれるのだ。

「ファイ 悪魔に育てられた少年」で知られるチャン・ジュナン監督による「1987、ある闘いの真実」(1987: WHEN THE DAY COMES)(2017年 韓国)も、そんなタイプの映画だ。軍事政権下の韓国で起きた実録ドラマ。民主化運動の転換点となった大学生拷問致死事件を取り上げた社会派ドラマでありながら、スリル、サスペンス、涙、笑い、感動などをギッシリ詰め込んだ密度の濃いエンタメ映画となっている。

問題の事件が起きたのは1987年1月14日。全斗煥大統領率いる軍事政権の圧政に反発する学生の民主化デモが激化する中、ソウル大学の学生パク・ションチョルが、警察の取り調べ中に死亡する。報せを受けた南営洞警察のパク所長(キム・ユンソク)は、隠蔽のために遺体の火葬を命じる。だが、不審に思ったチェ検事(ハ・ジョンウ)は、上司の忠告を無視して司法解剖を強行し、拷問による死だったことを突き止める。

いかにも悪そうなパク所長の面構え。冷酷非情に反体制派を弾圧する彼は完全な敵役だ。これに対抗するチェ検事は正義のヒーロー、といいたいところだが、実はそうでもない。仕事中から酒を飲み、感情をむき出しにするアウトロー的な人物なのだ。火葬の要求を拒否するのも、正義感からだけでなく、日頃からの警察嫌いがそうさせているように思える。このあたりの屈折した構図が面白い。

学生の死因が水責めによる拷問死であることが明らかになったものの、警察はそれを認めようとしない。チェ検事は東亜日報のユン記者に情報をリークし、ようやく死因が暴露される。すると政府は今度は、パク所長の部下の2人の刑事の逮捕で、事件の幕引きを図ろうとする。

こうして警察、検察、マスコミが入り乱れて、事件の真相をめぐるバトルが展開する。これが実にスリリングで、サスペンスフルなのだ。観客には最初から事件の真相が見えているにもかかわらず、まったく飽きることはない。異様な緊張感がスクリーンを包み、観客の心をざわつかせる。それでいて、様々な小ネタで笑いをとることも忘れない。何という巧みな構成だろう。

前半で存在感を見せたチェ検事だが、意外にも早いうちに消えてしまう。公安部長の職を解かれて弁護士となり、終盤になるまでほとんど登場しなくなる。だが、それでも面白さが失速することはない。相変わらず凄まじい迫力を示すパク所長に加え、様々な人物が次々に登場してドラマを盛り上げる。

ちなみに主要な人物については、テロップで名前と肩書きが紹介されるのだが、日本版ではそれを日本語で表示してくれる。その配慮もありがたい。

後半の重要な舞台は刑務所となる。そこには、すべての罪をかぶせられた2人の刑事が収監されている。彼らとパク所長たちとの間には、不穏な空気が流れる。その中で、重大な秘密も明らかになる。それを目撃していたのが看守のハン・ビョンヨン(ユ・ヘジン)だ。

実は彼は、民主化運動で指名手配中のリーダーのキム・ジョンナムソル・ギョング)に秘かに協力していた。真相を暴こうとするキムたちに、刑務所でつかんだ情報を手渡していたのだ。だが、当局の監視が厳しい中で、それを成し遂げるのは簡単なことではない。それによって緊迫の場面が登場し、破格のスリルが生み出されるのである。

そして、後半には、この映画で数少ない女性の活躍が見られる。ハンの姪の女子大生ヨニ(キム・テリ)だ。ハンに頼まれて民主化運動の伝令役を果たす彼女だが、そのコメディエンヌ的キャラクターで、笑いも巻き起こしていく。さらに、彼女が好意を寄せる男子大学生のイ・ハニョル(カン・ドンウォン)も、終盤のドラマで重要な存在となる。

終盤、当局による弾圧は熾烈を極め、拷問もさらに激しくなる。彼らの最大のターゲットはキム・ジョンナンであり、彼を捕まえるためにあの手この手を使う。彼が潜伏している寺での大捕物は、なかなかの迫力とスリルだ。

さらに、その後には教会での大捕物も用意されている(寺と教会がどちらも反体制派に肩入れするのも興味深い)。そこではパク所長自らがキムをとらえようと乗り込む。追う警察。逃げるキム。キリストを描いた絵(ステンドグラス)を使ったケレン味あふれる映像も飛び出す。

おまけにその少し前には、徹底した敵役であるパク所長が、どうしてそうなったかという過去をチラリと見せ、彼の人物像に厚みを加えている。ここもまた心憎い仕掛けである。

映画全体を通して、社会派としての一線はきっちり守る。民主化デモの様子はリアルで、それを弾圧する権力側の恐ろしさがひしひしと伝わってくる。殺された学生の遺族の怒りや悲嘆なども観客の胸を直撃するはずだ。

ある学生をめぐるさらなる事件を描き、民主化デモの真っただ中にヨニを放り込むラストも素晴らしい。悲しさ、怒り、そして民衆たちのパワーを実感させる。このパワーが直接選挙を実現させ、その後の韓国の民主化をもたらしたことが強く印象付けられるラストである。

日本がバブルに浮かれ始めた頃に、韓国ではこういうことが起きていたのですなぁ。つい最近も韓国の人々は、「ろうそくデモ」で朴槿恵前大統領を退陣に追い込んだわけだが、その下地になった出来事といえるかも。それに対してワタクシたち日本国民は・・・。てなことまで考えてしまうのである。

それにしても、この映画に登場する役者たちの豪華さよ。キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジン、ソル・ギョングカン・ドンウォンなど、いずれも韓国映画ではおなじみの俳優たち。パク・チャヌク監督の「お嬢さん」でキム・ミニの相手役を務めて一躍注目されたキム・テリも出演している。こうしたキャストもまた、この映画の魅力を高めるのに貢献している。

とにかくお腹いっぱいです。こうして今回もまた、社会派でありながらエンタメ映画としてきちんと成立させた韓国。日本でも、こういう映画ができないものかしらんと思うのだが。やっぱり無理?

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◆「1987、ある闘いの真実」(1987: WHEN THE DAY COMES)
(2017年 韓国)(上映時間2時間9分)
監督:チャン・ジュナン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジン、キム・テリ、パク・ヒスン、ソル・ギョング、イ・ヒジュン、キム・ウィソン、キム・ジョンス、オ・ダルス、コ・チャンソク、ムン・ソングン、ウー・ヒョン、チョ・ウジン、パク・ジファン、ユ・スンモク、ヨ・ジング、カン・ドンウォン
*シネマート新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://1987arutatakai-movie.com/