映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ファースト・カウ」

「ファースト・カウ」
2024年1月8日(月・祝)新宿武蔵野館にて。午後3時50分より鑑賞(スクリーン2/C-4)

~2人の男の友情物語とアメリカの原風景を映し出す。ライカート監督の日本初公開作

ケリー・ライカート監督はアメリカのインディーズ映画界では有名な監督。私もその名前は聞いたことがある。しかし、作品を観るのは初めて。それもそのはず、日本では企画上映を除けば、本作「ファースト・カウ」が初の劇場公開作。ライカート監督の長編7作目にあたる2019年の作品だ。

西部開拓時代のオレゴンを舞台にしたドラマ。これまでライカート監督作の脚本を多く手がけてきたジョナサン・レイモンドが2004年に発表した小説「The Half-Life」を原作に、ライカート監督とレイモンドが脚本を手がけた。

狩猟グループ(ビーバーを捕獲すると高く売れるらしい)に雇われた料理人のクッキー(ジョン・マガロ)は、ある日、ロシア人に追われているという中国人移民のキング・ルー(オライオン・リー)を助ける。

やがてグループから離れてオレゴンの未開の地に移ったクッキーは、先にそこに移り住んでいたルーと再会する。そんな時、この地に初めて牛がやって来る。英国人富豪の仲買人の男(トビー・ジョーンズ)が買ったものだった。クッキーとリーは、その牛のミルクを盗んでドーナツを作り市場で売り始める。するとたちまち大人気になるのだが……。

本作で最初に目を引くのは、美しい映像だ。オープニングの船が川(海?)を進むシーンから、スタンダードサイズを採用した映像はまるで絵ハガキのよう。特に森などの大自然の風景が生き生きと捉えられている。

音楽も独特の雰囲気を生み出す。アメリカの原風景を表現したようなギターの音色が、耳に心地よい。

そんな中で繰り広げられる2人の男の物語を、静かで温かなタッチで描き出す。

クッキーは早くに両親を亡くして流浪の生活を送ってきた。狩猟グループに雇われてからも苦労の連続だった。リーも同様に数々の苦労をしてこの地に流れ着いた。孤独な魂が共鳴し、2人は意気投合する。2人は互いに夢を語り合う。農業をしたい。ホテルを開きたい。だが、元手がなければ何もできない。さて、どうするのか。その結果、2人はこの地に初めてやってきた牛に着目する。

クッキーもリーも穏やかな人間だ。悪事を働こうという意識はない。自分たちの夢をかなえるために、ほんのちょっと牛のミルクを拝借しようと考えたのだ。

夜の闇に紛れて2人は牛のもとに行き、クッキーが乳を絞り、リーが木に登って見張りをする。クッキーは優しく牛に語りかける。

彼らが盗んだミルクで作ったドーナツは大人気になり、次第にお金が貯まっていく。彼らの友情もますます強くなっていく。

本作は2人の友情物語であると同時に、現代のアメリカにもつながるアメリカンドリームの物語でもある。クッキーとリーは、混沌とした世界を生き抜こうと必死にもがく。その様子を人間味豊かに綴っていく。セリフに頼らずとも多くのことを物語る。

本作には、その他にも興味深いことがある。このドラマは、オレゴンが33番目の州として合衆国に加わる以前の1820年代を舞台にしている。それだけに、この地にはまだ確固たる秩序がない。様々な国の移民が、先住民とともに暮らしている。仲買人は富豪で実力者だが、まだ支配者と呼べるほどの権力はない。その後の先住民迫害や人種対立を思うと、何とも複雑な気持ちになる。これもアメリカの原風景なのだ。

終盤は風雲急を告げる展開になる。2人に危機が迫る。だが、その結末は描かない。実はこの映画の冒頭部分では、2つの白骨死体が発掘されるシーンが描かれる。おそらく、クッキーとリーの死体だと推測するが、2人の最期がどうだったかは明らかにしない。

一見、尻切れトンボのようなエンディングだが、あくまでも2人の友情物語に焦点を当てたドラマとして余韻を残すエンディングだと思う。その後の2人の運命は観客の想像に委ねている。この地の、そしてアメリカのその後の運命とともに……。

クッキー役は「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のジョン・マガロ。飾り気のない男を好演。キング・ルー役のオライオン・リーも、ひょうひょうとした味わいをうまく出していた。仲買人役のクセモノ、トビー・ジョーンズもいい味を出していた。仲買人の妻役で「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」でディカプリオの妻の役を演じたリリー・グラッドストーンも出演している。

派手さはないが、心に染みてくるような映画。おまけに現代のアメリカにつながる要素も持つ秀作だ。ケリー・ライカート監督の他の作品も観てみたくなった。

◆「ファースト・カウ」(FIRST COW)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間2分)
監督・編集:ケリー・ライカート
出演:ジョン・マガロ、オライオン・リー、トビー・ジョーンズユエン・ブレムナー、スコット・シェパード、ゲイリー・ファーマー、リリー・グラッドストーン
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://firstcow.jp/

 


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