映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「燈火(ネオン)は消えず」

「燈火(ネオン)は消えず」
2024年1月12日(金)Bunkamuraル・シネマにて。午後1時40分より鑑賞(E-12)

~消えゆく香港のネオンと夫婦愛のドラマ

香港といえば「100万ドルの夜景」が有名。ずいぶん昔に私も香港を訪れて、夜景の美しさに感嘆したものだ。

その夜景が美しく輝くのも、繁華街のビルを極彩色に彩るネオンサインの看板のおかげ。だが、近年はLEDに取って代わられ、ガラス管を使ったネオンは減っているという。いや、それ以上に深刻なのは、2010年の建築法等改正だ。それによってネオンは次々に撤去され、何と2020年までに9割が消えたという。

そんな事情を知ると、よりいっそう胸に響いてくる映画が香港映画「燈火(ネオン)は消えず」だ。

主人公はメイヒョン(シルヴィア・チャン)という女性。オープニングは、彼女が夫のビル(サイモン・ラム)とともに、ゲームセンター(カジノ?)ではしゃぐシーン。だが、次の瞬間、彼女は一人きりでいる。そう。ビルは死んだのだ。

ネオン職人だったビルが亡くなってから、メイヒョンは悲しみに暮れていた。ある日、10年前に廃業したはずの夫の工房を訪れると、そこには見知らぬ青年レオ(ヘニック・チャウ)がいた。彼はビルの弟子だという。メイヒョンは、ビルがやり残した最後の仕事があることを知る。その仕事を探り当て、レオの助けを借りてネオンを完成させるべく奮闘するメイヒョン。そんな中、一人娘のチョイホン(セシリア・チョイ)から、結婚を機に海外移住することを告げられる……。

というわけで、亡き夫の夢を実現しようとするメイヒョンの姿を温かくユーモアを交えながら描きだす。そこには当然困難もある。ガラス管に熱を加えて捻じ曲げるだけでも、素人には大変な作業なのだ。

夫の残した借金をはじめ、その他にも困難な問題が続出する。彼女を助けるレオも、実はメイヒョンと出会った時に自殺を企てていたらしいことがわかる。夫を失った喪失感と消え難い愛情を抱えたまま、メイヒョンは行きつ戻りつしながら少しずつ前に進む。

そんな陰日向ある現在進行形のドラマとともに、メイヒョンとビルの過去の日々も描かれる。それもまた陰日向がある、ネオンの下での出会いから、ビルが亡くなるまでを情感豊かに綴る。若い2人の素敵なダンスシーンなど、微笑ましい場面も見られる。その一方で、ビルの借金など負の側面もある。それが原因でビルはネオンの仕事をやめる。

そうした様々な過去があるからこそ、現在のメイヒョンの奮闘ぶりが、観る者の心にいっそう響いてくるわけだ。

とはいえ、お涙頂戴のドラマにはなっていない。感動の押し付けは極力避けて被写体と一定の距離を保って描くあたりは、アナスタシア・ツァン監督、これが長編デビューとは思えない。

映画の随所には、過去と今の香港が刻まれている。特に繁華街の対比が特徴的。法律によって看板が撤去され、かつては極彩色のネオン看板に彩られた風景が一変してしまった。それが郷愁と切なさを誘う。

もちろん政府批判などはないが(今の香港でそうした映画を撮ることは不可能だろう)、変わりゆく街の風景を映し出すことで、今の香港の姿をリアルに映し出す。SARS重症急性呼吸器症候群)の流行など香港人にとって過去の大きな出来事も、ドラマの背景として織り込まれている。

まあ、何より劇中に登場する数々のネオンが見事ですよ。実際に今残っているネオンを撮影したほか、かつてのネオンをCGで再現させるなど手が込んでいる。そのどれもが美しい。

終盤は一人娘のチョイホンのオーストラリアへの移住計画が発覚し、メイヒョンにまたしても波乱が訪れる。このあたりも、世代間のギャップなど最近の香港の状況を投影させたものかもしれない。

数々の苦難を乗り越えて、メイヒョンは夫の仕事を完成させられるのか? 終盤は、ちょっと驚きの急展開。いくらなんでもそれは急ぎ過ぎでしょ、と思わないでもないが、あのネオンの輝きを見せられれば無条件に感動してしまう。

そして、エンドロール中には香港のネオンに大きな影響を与えた職人たちが紹介される。そこには今も健在の人もいて、ネオン文化を残そうと奮闘していることが告げられる。この映画はそうした人々へのリスペクトが込められた映画なのだ。

エンドロールが終わった後にも、見どころがある。ネオンに関係したあるものが映し出される。これはねぇ、香港のことを知っている人にはさらにグッとくるんじゃないだろうか。あの満艦飾。懐かしいなぁ。最後まで席を立たないでネ。

メイヒョンを演じた香港のベテラン女優シルヴィア・チャンが、味わい深い演技を披露している。ツボを心得た見事な演技である。ビル役のサイモン・ヤムもこれまだ味のある演技。娘役のセシリア・チョイ、レオ役のヘニック・チャウも存在感を示している。

夫婦愛の物語であるのと同時に、今の香港を映し出した映画でもある。そこには変わりゆくものと、それでも変わらないものがある。それを捉えた作品だ。

こういう映画をベテラン監督ではなく、若い監督が撮ったというのが興味深い。以前このブログでも取り上げた「私のプリンス・エドワード」「星くずの片隅で」をはじめ、最近は香港の若い監督が、過去を踏まえつつ現在の香港を生き生きと描き出している。そこに、これからの香港映画の希望があるのかもしれない。

◆「燈火(ネオン)は消えず」(燈火闌珊/A LIGHT NEVER GOES OUT)
(2022年 香港)(1時間43分)
監督・脚本:アナスタシア・ツァン
出演:シルヴィア・チャン、サイモン・ヤム、セシリア・チョイ、ヘニック・チャウ、ベン・ユエン、シン・マク、アルマ・クォク、ジャッキー・トン、ミミ・クン、レイチェル・リョン
Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームページ https://moviola.jp/neonwakiezu/

 


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