映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「星くずの片隅で」

「星くずの片隅で」
2023年7月16日(日)TOHOシネマズ シャンテにて。午後3時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)

~都会の片隅で必死に生きる男女。香港人の気概を感じさせる秀作

中国の締め付けが厳しくなるなど、香港をめぐる情勢は大きく変化している。そんな中でも、香港の今をスクリーンに刻み付けようとする新世代の映画作家がいる。

ラム・サム監督もその一人。日本でも評判になった「少年たちの時代革命」の共同監督をレックス・レンとともに務め、「星くずの片隅で」で単独監督デビューを果たした。

「星くずの片隅で」は、コロナ禍の香港を舞台に、数々の困難にもめげず必死に生きる男女を描いたヒューマンドラマだ。

2020年。コロナ禍で静まり返った香港。ザク(ルイス・チョン)は店舗や住宅の清掃をする「ピーターパンクリーニング」を経営しているが、様々な問題に頭を悩ませていた。そんなある日、ザクのもとにシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)が仕事を求めてやって来る……。

ザクはとにかく優しい男だ。そして不器用でもある。コロナ禍もあって彼の会社は経営が苦しく、配車寸前の車の修理代にも事欠いていた。おまけに仕事に欠かせない洗剤の品薄にも悩まされている。さらに、プライベートでは、リウマチを患う母(パトラ・アウ)の看病にたびたび通っていた。その母も、憎まれ口をたたきながらザクのことを心配している。

そんな中、仕事に必要だからと新たな従業員を募集するが、やってきたのはまったく未経験の派手な格好をした若い女キャンディ。ザクは断ろうと思うが、思い直してとりあえず試用ということで雇い入れる。実はキャンディはジュー(トン・オンナー)という幼い娘を持つシングルマザーだったのだ。

実際に仕事をやらせてみれば、なかなか手際が良い。何より子供のために一生懸命だった。ザクはそのまま彼女を雇うことにする。こうして2人の交流が始まる。

ザクもキャンディも香港の都会の片隅で、苦しい中必死に毎日を生きている普通の人だ。ただし、ザクが家族や友人を持っているのに対して、キャンディは娘と2人きり。誰にも頼ることができない環境にいる。彼女は生きるためには何でもやる。そのため事件が起きる。クリーニング先の客の家から、マスクを盗んでしまったのだ。そのためザクは大事な顧客を失ってしまう。

その頃、マスクは高額でしかも品薄だった。キャンディは娘を感染から守りたかったが、満足にマスクを手にすることができなかった。そこで、犯行に及んだわけだ。「使いもしないのに買い占めている。少しくらいもらってもいいではないか」というのが彼女の言い分だった。

実はそれ以前にも、ザクはキャンディが子供のために万引きする場面を目撃していた。キャンディの立場も理解できないではないが、それはしてはいけないことだとザクは諭す。そして、もう一度彼女にチャンスを与える。

それ以降、根気強く彼女と接するうちに、ザクはキャンディとジューと疑似家族のような関係を築く。そして次第にキャンディは変わっていく。

だが、ある時、ジューがうっかり洗剤をこぼしてしまったことから、とんでもない事件が起こり、2人は疎遠になってしまう……。

このドラマの頃の香港はコロナ禍による閉店、営業中止が相次ぎ街全体に賑わいはない。特にザクやキャンディが仕事をするのは、深夜や明け方が多いからますます静かさが漂う。それでも、ザクとキャンディの周りには穏やかで明るい雰囲気が漂う。

ラム・サム監督は終始温かな視線でザクとキャンディを見つめている。時折ユーモアも込めつつ、丁寧に2人を描き出す。

2人の距離感が絶妙だ。家族とも友人ともつかない関係。キャンディの娘ジューも含めた3人の微笑ましい姿が観客の心を温めてくれる。

コロナ禍に加え、お金持ちがカナダなどへの移民に走るなど、貧富の格差の拡大もドラマの背景には描き込まれている。ドラマには登場しないが、国家安全維持法をはじめとする厳しい社会状況も香港にはある。それだけに、このドラマの温かな筆致が余計に心に染みるのである。

映像の美しさもこの映画の魅力だ。ザクとキャンディが見つめる香港の高層ビル群の夜景をはじめ、美しいシーンがたくさん登場する。

ラストもホンワカと心が温かくなるエンディングだ。ザクとキャンディ、ジューの明るい未来を予感させるとともに、彼らがこれからも助け合って生きていくであろうことを想像させる。

ザク役のルイス・チョンは、これまでは主にコメディで活躍していたようだが、本作では一転して穏やかで控え目で武骨な中年男を好演している。ラストシーンで黙々と掃除するその背中がとても良い。

キャンディ役のアンジェラ・ユンは、香港のトップモデル。まるでアイドルのような容姿で、ハッチャけた母親を好演。終盤彼女が号泣するシーンでは、思わず胸が熱くなった。

様々な困難に直面しながらも、ザクとキャンディのように助け合って生きていく。どんな時にも前を向いていく。そんな香港人の気概を感じさせる秀作だった。

◆「星くずの片隅で」(窄路微塵/THE NARROW ROAD)
(2022年 香港)(上映時間1時間55分)
監督:ラム・サム
出演:ルイス・チョン、アンジェラ・ユン、パトラ・アウ、トン・オンナー
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ https://hoshi-kata.com/


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