映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「山女」

「山女」
2023年7月14日(金)ユーロスペースにて。午後1時15分より鑑賞(ユーロスペース2/C-9)

~村の抑圧から解放され大自然の中で自立していく女性

2020年公開の映画「アイヌモシリ」を先日配信で観た。北海道を舞台に、今の時代と伝統の狭間で葛藤するアイヌの人々をリアルに描いたドラマで、十分に見応えがあった。

その「アイヌモシリ」の福永壮志監督の新作が「山女」だ。前作ではアイヌ伝統の祭りイヨマンテを取り上げていたが、今回は『遠野物語』の民話に着想を得たドラマだという。脚本は福永監督と長田育恵が担当。また、日米合作で製作されており、撮影は前作同様に外国人カメラマンが務めている。

18世紀後半の東北地方。冷害による飢饉に苦しむ村で、17歳の凜(山田杏奈)の一家は先々代が起こした火災の責任を負い、村人からさげすまれ、差別されて生きてきた。そんなある日、父の伊兵衛(永瀬正敏)が村の蔵から米を盗み、村人から激しく責められる。凛は家を守るために罪をかぶり、まもなく村を去る。けっして足を踏み入れてはならないとされる山奥の森に向かった凛は、そこで伝説の存在の山男(森山未來)に遭遇する……。

映画の冒頭は出産シーンだ。赤ん坊が誕生する。本当ならめでたいシーンだ。だが、赤ん坊は直後に殺される。いわゆる間引き。食い扶持がないから生かしておけないのだ。村の経済状況はそれほど悲惨なのである。

凛はそうやって殺された遺体を川に流す。父と目の不自由な弟と暮らす凛の一家は、先々代の不始末によって田畑を奪われ、さげすまれて生きてきたのである。

村でわずかばかりの米の配給が行われることになっても、父の伊兵衛は田畑を持たないからと差別され、ほんのわずかなコメしか分けてもらえない。頭に来た父が内緒で蔵の米を盗む。それがバレて村人に責められると、とっさに凛は父をかばい自ら罪をかぶる。父は凛を手ひどく殴りつける。

まあ、ひどい父親ではあるんですけどね。でも、自分が盗んだとわかれば、もっとひどい罰が待っているのだから(凛もそれを知っているから父をかばう)、仕方ない面もあったりするわけだ。

とにもかくにも、まもなく凛は自主的に村を出て行く。責任を取る気持ちもあっただろうし、「もうやってられるか、こんな村!」という気持ちもあったのかもしれない。

彼女の向かった先は、山神様が宿るといわれる山の奥深く。そこは、けっして入ってはいけないと言われた場所。そこで凛はそのまま朽ち果てるのか。

そこに不思議な生き物が現れる。姿かたちは人間。白い長髪に白いヒゲで老人のようだ。だが、顔を見るとそれほど年を食っているようにも思えない。何よりその行動が人間を超越しているのである。どうやら、これが伝説の山男のようだ。

山男と出会った凛は、その間近で一緒に過ごすうちに変わっていく。山に入ってそれまでの抑圧から解放されて自由になる。おかげで表情も生き生きとしてくる。村にいた時とは別人のようだ。彼女は一人の人間として自立を果たしたのである。

凛を演じる山田杏奈が見事な演技を見せている。序盤は「おしん」も真っ青の耐える女性。数々の抑圧にも必死で耐える。それを険しい目の表情とたたずまいで演じる。山に入ってからは、それとは全く別の表情を見せる。視線も柔和に変わっていく。それでいて大自然の中で過ごす力強さも垣間見せる。

一方の森山未來は謎の生き物だけにセリフが一切ない。山男というファンタジー的存在を、その姿だけで表現する。存在感は抜群。ダンサーでもあるだけに、無言で何かを表現するのは得意なのかもしれない。

脚本はシンプルだが、その分映像は深みがある。全体に色調は暗いが、その中で様々な陰影を映す。特に山の自然の風景が圧倒的な力強さだ。同時に神秘性もある。静謐ながら奥行きを感じさせる映像だ。

終盤は村の巫女が、若い娘を神に捧げる必要があると言い出したことから、凛の身の上にも波乱が起きる。その果てに訪れたエンディングは、いかにもファンタジーにふさわしいものだった。

山田と森山以外のキャストも、みんなハマリ役だ。村の重鎮である品川徹やでんでん、巫女役の白川和子などいかにもの役で安定感がある(その分意外性はないが)。

意外なところでは、凛のことを何かと気にかける青年役で、二ノ宮隆太郎が活躍する。この人、監督作の「逃げきれた夢」が先日公開になったばかり。監督としても俳優としてもなかなかの才能の持ち主と見た。

古い時代を描いているとはいえ、福永監督の視線の先には今の時代があるに違いない。貧困、抑圧、差別などは現代にも通じるテーマだ。その犠牲になりながらも自立を果たし、大自然の中で力強く変わっていった凛に、新しい女性の生き方を見ているのかもしれない。

◆「山女」
(2022年 日本・アメリカ)(上映時間1時間40分)
監督:福永壮志
出演:山田杏奈、森山未來二ノ宮隆太郎三浦透子山中崇川瀬陽太赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでん、永瀬正敏
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://yamaonna-movie.com/

 


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