映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「彼方のうた」

「彼方のうた」
2024年1月7日(日)シネマ・ロサにて。午前11時50分より鑑賞(シネマ・ロサ1にて/C-5)

~余計なものは何もない。ミニマムで想像力と好奇心を刺激する映画

杉田協士監督は独特の作風で知られる監督だ。いわゆるエンタメ映画のようなわかりやすさとは対極の映画を撮る。過去作では2019年公開の「ひかりの歌」を鑑賞したが、派手さはないもののジンワリとくる映画だった。

前作の「春原さんのうた」も国内外で高く評価されたようだが、残念ながら見逃してしまった。公開から1年以上経つのに、ソフト化も配信もされていないのはなぜ?

それはともかくとして、「春原さんのうた」に続く長編4作目で、12年ぶりのオリジナル作品が「彼方のうた」である。

主人公は書店員として働く25歳の春(小川あん)。彼女がカセットテープで何かを聞いているシーンから映画は始まる。春は道を尋ねるふりをして、寂しげにベンチに座っていた雪子(中村優子)と接触する。それをきっかけに、雪子の家に行き手作りの食事をごちそうになったりする。

その一方で、春は剛(眞島秀和)という中年男性を尾行する。その後、剛は春が勤める書店を訪れ、尾行に気づいていたことを告げる。春は剛の自宅へ行き、そこである女性と知り合う。

実にミニマムな映画だ。余計なものはなにもない。セリフはそれなりにあるが、ほとんどは日常会話のようなもの。登場人物の背景や相互の関係などに関する説明はまったくない。

だから、観客はそれらを想像するしかない。本作は観客の想像力と好奇心を大いに刺激する映画なのである。

というわけで、私なりに推測するに、春は過去に雪子や剛と何らかのかかわりがあったらしい。そして、彼女は言い知れぬ喪失感を抱えているようだ。ふだんは普通の表情をし、言動も特に不審なところはないが、ほんのちょっとした瞬間に寂しそうだったり、つらそうな表情を見せる。それがまた観客の想像力と好奇心を刺激する。

負の感情を抱えているのは雪子や剛も同様だ。雪子もまた時折見せる寂しげな表情からそれがうかがえる。剛も春と話している最中、あることを聞いて突然涙を流し始める。

彼らにいったい何があったのか? 普通の映画ならズバリ描かないまでも、有力なヒントぐらいは与えるものだ。だが、本作にはそうしたものがほとんどない。それを不親切と取るか、これも映画の表現手段の1つと取るかで、本作の評価は大きく分かれるのではないか。

私的には、この謎めいた映像世界を興味深く眺めていた。いったい何がどうなっているのか、興味津々でスクリーンを見つめ、最後まで飽きることはなかった(84分という短い尺のせいもあるが)。何よりも、本作を包む静謐で温かな空気感が心地よかった。わかりやすいばかりが映画ではない。こういう映画があってもいいと思う。

春は、自身の経験をビデオカメラで撮影するという企画を通して、自身の過去と向き合う。それは母との関係を示唆するものだった。おそらく母との間に何かがあったのだろう。

やがて春は、カセットテープに録音されていた川のせせらぎの場所を突き止めようと、雪子のバイクで遠出をする。

そして、春は自分と同じ手法で、剛の家族のことも映像化するように勧める。終盤には、その撮影風景が出てくる。それを通して、剛と家族の過去もわずかに見えてくる。

ラストシーンが素晴らしい。雪子の手料理をごちそうになって、彼女の家を去ろうとする春。だが、雪子は駅まで送っていくと言い、彼女を抱きしめる。両者が最も接近した瞬間だ。その時の春の表情がいつまでも心に残る。

主演の小川あんをはじめ、中村優子眞島秀和らが実に繊細な演技を見せている。ごく普通の表情の端々に、非日常の陰を潜ませた演技が見事だ。

けっして誰もが感動するような映画ではない。しかし、捨てがたい味わいを持つ作品だ。登場する美味しそうな料理、素敵な書店(カフェを併設)、とても良い雰囲気のカフェ(ビールが美味しそう)などを見るだけでも何となく心が和らいでくる。ありきたりの映画に飽きたなら、こういう世界を味わってみてもいいのでは?

◆「彼方のうた」
(2023年 日本)(上映時間1時間24分)
監督:杉田協士
出演:小川あん、中村優子眞島秀和Kaya、野上絹代、端田新菜、深澤しほ、五十嵐まりこ、荒木知佳、金子岳憲大須みづほ、安楽涼、小林えみ、石原夏実、和田清人、伊東茄那、吉川愛歩、伊東沙保
シネマ・ロサほかにて公開中
ホームページ https://kanatanouta.com/

 


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