映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「笑いのカイブツ」

「笑いのカイブツ」
2024年1月6日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後3時35分より鑑賞(スクリーン7/D-9)

岡山天音の怪演が光る。凄まじいエネルギーを放つ強烈な自伝映画

新年最初のレビューです。

晦日紅白歌合戦で、伊藤蘭のファンと一体になったパフォーマンスに大感激したと思ったら、新年早々能登地方で震災が発生し、飛行機事故まで起きるという恐ろしい事態。せめて新年最初の映画ぐらいは明るく行きたいもの。そこで観たのは、その名も「笑いのカイブツ」という映画。こりゃあ、どう考えても喜劇でしょう。

「伝説のハガキ職人」として知られるツチヤタカユキの自伝的小説の映画化だ。主人公のツチヤ(岡山天音)はテレビの大喜利番組へのネタ投稿が生きがい。5秒に一つボケを考えつくことを自分に課して、猛烈な勢いでネタを書き続けていた。その結果、ついに最高位の「レジェンド」になる。

というわけで、ツチヤが投稿していたテレビの大喜利番組とは、NHKの『着信御礼! ケータイ大喜利』のこと(映画の中では別な番組名にしているが)。私も放送中はよく見ていて、レジェンドが誕生するところを目撃している。ツチヤの投稿も目にしているはずだ。

そんな才能に恵まれたツチヤだが、その他の面はすべてダメダメ。部屋は汚いし、身なりにも構わない。バイト先でもネタのことばかり考えて仕事に身が入らず、次々にクビになる。友達もいない。何よりも、不器用で不愛想で人付き合いが苦手なのだ。

やがてツチヤは、書きためたネタ帳を劇場に持ち込む。それが認められて、作家見習いとして採用される。だが、人間関係が築けない彼の言動は、たちまち周囲との軋轢を生んでしまう。それでも売れない芸人と組んで注目を集めるが、今度はネタをパクッたと批判されて、結局実家に逃げ帰る。

ツチヤはお笑いこそが一番だと思っている。だから、それ以外のことはどうでもよい。しかも自分は天才だと信じ、周囲を見下し、会議で先輩の案をこき下ろす。いや、そもそもあいさつさえまともにしないのだ。完全なる自己中男。これじゃ嫌われるのも当たり前だろう。

だから、観客は彼に感情移入しにくい。観ていて「とんでもないヤツだ」と思う人も多いはすだ。それでもお笑いに対するエネルギーだけは破格だ。ものすごい熱量でお笑いに対峙する。その熱量がドラマを前に進めていく。

実家に帰ったツチヤは、今度はベーコンズという芸人のラジオ番組にネタ投稿する。すると「ハガキ職人」として注目を集めるようになる。それをきっかけに、ベーコンズから声を掛けられツチヤは上京することになる。

だが、上京してからのツチヤも波乱だらけだ。すべては身から出た錆なのだが、相変わらず人間関係が築けず、他人の好意を無にしてしまう。特にベーコンズの西寺(仲野太賀)は、ツチヤの才能を買って何かと便宜を図るが、それさえダメにしてしまう。

滝本憲吾監督は、ツチヤの内面を見事にあぶり出す。本作が長編商業映画デビューだが、これまでに井筒和幸中島哲也廣木隆一崔洋一西川美和といった名うての監督たちの作品の助監督として経験を積んできただけに、とてもデビュー作とは思えない演出力だ。

だが、それ以上に特筆すべきはツチヤを演じた岡山天音だ。これまではどちらかというと、脇役のイメージが強かったが、本作ではツチヤになり切った演技を披露している。ツチヤはほとんど挙動不審。無口で不気味な雰囲気さえ漂わせている。まさしくタイトルにあるように「カイブツ」だ。誰もが嫌悪しそうな人物だが、それでも説得力があるのは岡山の演技のおかげ。「怪演」といってもいいほどの演技だ。

ツチヤはとんでもないヤツだが、けっして自分を知らないわけではない。特に後半はどうしようもない自分のことを自覚して、少しでも改めようとする。それでも、それがどうしてもできない。その苦しみから。彼は心身のバランスを崩してしまう。

かつての恋人ミカコ(松本穂香)や友人のチンピラのピンク(菅田将暉)を相手に、居酒屋で自身の胸の内をぶちまけるシーンが鮮烈だ。これじゃダメだとわかっていても、自分ではどうしようもない。そこに切なさと哀愁が漂う。

ダメ男の成り上がりをユーモラスに描くかと思えたドラマは、彼の苦闘に満ちた苦い物語を紡ぐ。お笑いの世界を描いただけに笑えるところはもちろんあるのだが、これは喜劇というより悲劇ではないか!?

それでもラストは、小言を言いつつツチヤを否定しないおかん(片岡礼子)との温かな関係を見せて、かすかな光をドラマに灯す。だが、考えようによっては、「笑い」という業から逃れられないツチヤの運命を提示したラストとも見える。

実は私も昔はちょっとツチヤに近いところがあった(あそこまでひどくはないが)。自分は天才だと思い、周囲を見下していた。今じゃ原稿を書くのが速いだけで、天才でも何でもないことがわかり、落ち着くところに落ち着いたわけだが。それだけに何となくツチヤの気持ちがわかった。ひょっとしたら、そういう人は多いのかもしれない。

ともあれ、ひたすら熱量の高いドラマだ。ツチヤの発するすさまじいエネルギーに終始圧倒された。予想していたのとはだいぶ違ったが、岡山天音の演技もあって見応えタップリ。新春から強烈な先制パンチを食らってしまった。

◆「笑いのカイブツ」
(2023年 日本)(上映時間1時間56分)
監督:滝本憲吾
出演:岡山天音片岡礼子松本穂香、前原滉、板橋駿谷、淡梨、前田旺志郎、管勇毅、松角洋平、菅田将暉、仲野太賀
テアトル新宿ほかにて全国公開中
ホームページ https://sundae-films.com/warai-kaibutsu/

 


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