映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ひかりの歌」

「ひかりの歌」
2021年5月2日(日)ミニシアター・エイド基金「サンクス・シアター」にて鑑賞。

~4首の短歌をモチーフに4人の女性を静かに、優しく包み込む

本ブログでは基本的に劇場で観た映画のみ取り上げているのだが、なにせ緊急事態宣言でほとんどの映画館が休業中とあって、今回は例外的に配信にて鑑賞した作品を取り上げる。

といっても、動画配信サイトではなく、昨年行われたミニシアター・エイド基金クラウドファンディングで、一定額以上の寄付をした人を対象に無料で映画が鑑賞できる「サンクス・シアター」での鑑賞。このサイトも6月3日で閉鎖になるため、追い込みで鑑賞した次第。

鑑賞したのは、2019年公開の日本映画「ひかりの歌」である。杉田協士監督が、歌人枡野浩一とともに映画化を前提に開催した「光」をテーマにした短歌コンテストで、1200首の応募作の中から選ばれた4首の短歌をベースに、4章構成の長編作品として映画化した。

その4首とは
「反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった」
「自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた」
「始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち」
「100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る」
というもの。

それぞれが1章から4章のモチーフに使われているが、設定やストーリーは杉田監督のオリジナルなのだろう

第1章は高校で美術の臨時講師をしている詩織の物語。彼女は同僚の男性教諭から恋の相談をされる。一方、男子生徒からは「好きだ」と告白をされるのだが……。

第2章はガソリンスタンドでアルバイトをする今日子の物語。バイト先のガソリンスタンドが閉店することになり、思いを寄せる同僚が故郷に帰ることになる。一方、バンド活動をする年上男性からは愛の告白をされるのだが……。

第3章はバンドでボーカルとして活動する雪子の物語。彼女は北海道に向かい、他界した父が撮影した写真を引き取りに写真館へ出かける……。

第4章は写真館で働く幸子の物語。長い年月行方不明だった彼女の夫が、ある日突然戻ってくる……。

短歌は余白の文学だと思う。短い言葉の中に、とてもすべての思いを込められるわけではない。その分、余白の中に多くの思いが込められている。それを感じ取るのが短歌の面白さではないか。

だとすれば、いかにも短歌をテーマにした映画らしい作品といえる。セリフはけっして多くない。セリフ以外の部分に多くの思いが込められている。ヒロインたちの表情やしぐさが多くのことを物語る。それを繊細にすくい取っていく。

第1章の詩織は恋する気持ちを持ちながら、それを素直に表現することができない。逆に予想もしない教え子からの告白を受ける。

第2章の今日子も、本当に好きなバイト先の男の子に思いが告げられない。そのくせいつも公園にいる年上男性には、軽口を叩いている。

第3章の雪子は亡き父の撮影した写真を手にして、そこに写し出された土地を巡り、父の人生に思いを馳せる。

第4章の幸子は突然帰還した夫に対して、本当なら怒るはずなのにどうしても怒る気持ちになれない。

そんな彼女たちの戸惑い、混乱、悲しみ、苦しみなどが手に取るように描写される。

劇的なことは何も起こらない。描かれるのはごくありきたりの日常だ。だが、そこにハッとするような瞬間がある。詩織が教え子に自分をスケッチさせるシーン、かかってきた電話に涙するシーン、今日子が好きな子にささやかなハグをする場面、ひたすら道を疾走するシーン、幸子が夫と抱き合うシーン。それらの一瞬一瞬が詩であり、短歌である。

そのタッチはけっして暗くない。それぞれに孤独を生きる(あるいは生きてきた)4人の主人公の女性を、静かに、優しく包み込む。「ひかりの歌」というタイトルのように、ささやかな光が彼女たちを照らす。

4人のヒロインを演じた北村美岬、伊東茄那、笠島智、並木愛枝がいずれも好演。余白を生かした演技が印象的だ。特に4章は、下手をすりゃしょうもない夫を許すダメ奥さんという話にもなりそうなのに、そうならないのは並木愛枝の演技の力が大きい。

ちなみに、この映画に登場する店はどれも素敵だ。詩織や雪子が出入りする料理店、幸子の実家の食堂や近所の古書店など。そして、音楽も重要なアイテムとして使われる。雪子がボーカルを務めるバンドや、今日子を好きな男性のユニークなバンドの演奏風景などが映される。

そのあたりも含めて、よくできた映画だと思う。観終わって愛しさがこみあげてきた。

◆「ひかりの歌」
(2017年 日本)(上映時間2時間33分)
監督・脚本:杉田協士
出演:北村美岬、伊東茄那、笠島智、並木愛枝、廣末哲万、日高啓介、金子岳憲松本勝、リャオ・プェイティン、西田夏奈子、渡辺拓真、深井順子、佐藤克明、橋口義大、柚木政則、柚木澄江、中静将也、白木浩介、島村吉典、鎌滝和孝、鎌滝富士子、内門侑也、木村朋哉、菊池有希、小島歩美、岡本陽介、
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