「君だけが知らない」
2022年10月28日(金)池袋シネマ・ロサにて。午前11時40分より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-9)
~夫は本当に夫なのか?二転三転して予測できないサスペンス
東京国際映画祭が開催中。3年ぐらい前までは関係者パスをもらって、会期中20本前後の映画をタダで観ていたのだが、ここ2年ほどはパスをもらえなくなったのに加え、コロナが怖くて(だって、平日の昼間でもかなりの混雑なんだもの)、さっぱりご無沙汰なのであった。
というわけで、この日も普通の映画館へ参上!
日本ではNetflixで配信された韓国ドラマ「サイコだけど大丈夫」で注目を集めたソ・イェジ。そんな彼女が主演を務めたサスペンス映画が「君だけが知らない」である。
映画の冒頭、スジン(ソ・イェジ)という女性が病院のベッドにいる。彼女は事故に遭い、記憶を失ってしまったのだ。退院後、夫であるジフン(キム・ガンウ)の献身的なサポートで、スジンはどうにか日常を取り戻す。
スジンは夫から過去のことを知らされる。それによれば2人は幸せな生活を送り、まもなくカナダに移住することになっていたという。いずれは記憶も回復するだろうという夫ジフンの言葉を信じて、スジンは穏やかな毎日を送る。
ところが、やがて彼女の頭の中に奇妙な断片が浮かび始める。それは未来の出来事だった。彼女は記憶をなくす代わりに、未来が見えるようになってしまったのである。それとともに彼女の周りで不思議なことが起き始める……。
謎が謎を呼ぶ映画だ。まったく先の読めない展開で、次々に新たな謎が浮上し、終盤まで真実が明らかにならない。
そこでは登場人物の善悪もあやふやだ。スジンにとって最も信頼できる身近な人物であるはずの夫でさえ、どこか怪しさがつきまとう。彼はなぜかスジンにいくつもの嘘をついていた。彼が代表を務める建築事務所は倒産していた。スジンが絵画教室の先生だったことも黙っていた。はたして、彼は本当にスジンの夫なのか?
いや、そもそもスジンは本当にスジンなのか?それすら謎なのである。
スジンの頭の中に浮かぶ出来事を、フラッシュバックで見せる手法が効果的だ。それは彼女が見る未来の出来事だったり、過去の記憶だったりする。それと現実に目の前で起きる出来事が複雑に絡み合い、錯綜していく。その境界線は曖昧だ。それゆえスジンは次第に混乱していく。そして、観客も何が真実かわからずに混乱していくのである。
そんな中、スジンは奇妙な幻覚を見る。殺人現場、死体、スーツケース……。それはただの幻なのか。それとも真実なのか。やがて実際に死体が発見される。
中盤から終盤にかけて、事態はさらに二転三転し、全く予測のつかない展開に突入する。そこでは夫のジフン以外に、もう一人の男がクローズアップされる。彼もまた善人なのか悪人なのかわからない。そして、スジンの周りに出没する少年と少女は誰なのか。ひねりにひねったストーリーと俳優たちの鬼気迫る演技で、観る者の混乱をさらに加速させていく。
伏線もたくさん張り巡らせている。カナダの風景画、2枚の結婚写真、ペンダントなど数々のキーになるアイテムが登場。まあ、とにかく一度観ただけで全てを理解するのは困難かもしれない。あとになって、「あれはもしかしたら……」と思うところがいくつもあった。
ちなみに、結婚写真の謎は最後の最後にからくりが明かされるのだが、思わず「うーむ」とうなってしまった。それほど見事な伏線回収だった。
ジフンは本当にスジンの夫なのか。殺人は起きたのか。そして、スジンの事故の背景には何があったのか。
クライマックスで事態は急展開し、最後にはすべてが解き明かされる。わかってしまえばどうってことはない。昔の2時間サスペンスドラマでやりそうなベタなネタだ。ご都合主義の展開もあったと思う。だが、「なんだ?なんだ?」の連続で、観ている間は余計なことを考えさせない手腕が鮮やかだ。
それに加えて最後に真実が明らかになると、そこにはある深い感情が存在していたことがわかる。こうして人間ドラマをきっちり入れ込むあたりも、なかなか巧みな脚本、演出である。
本作の脚本・監督は女性監督のソ・ユミン。「四月の雪」「ハピネス」などホ・ジノ監督の下で脚本や助監督を担当し、監督はこれが長編デビュー作となる。女性監督いえば、一昔前は女性らしい映画を撮るものと決まっていたが、本作は女性監督といわれなければわからないような作品。韓国映画界もますますグレードアップして、ジェンダーレスが当たり前になってきたのかもしれない。
ソ・イェジは笑顔が素敵な俳優だ。だからこそ、余計に悲痛な表情が心に刺さる。ジフン役のキム・ガンウともども見応えある演技だった。
◆「君だけが知らない」(RECALLED)
(2021年 韓国)(上映時間1時間40分)
監督:ソ・ユミン
出演:ソ・イェジ、キム・ガンウ、パク・サンウク、ソンヒョク、ペ・ユラム、キム・ジョング、ヨム・ヘラン、キム・カンフン
*シネマート新宿、池袋シネマ・ロサ、 アップリンク吉祥寺ほかにて公開中
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