映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ミナリ」

「ミナリ」
2021年3月21日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時25分より鑑賞(スクリーン7/D-10)

~逆境にめげずに前を向く韓国系移民一家を見つめる温かな視線

お久しぶりです。ブログを書くのをやめたと思ったでしょうか。実は3月はムチャクチャに忙しくて、映画館に行く時間がまったくなかったのです。そんな多忙状態はまだ続行中ですが、とりあえずわずかな空き時間ができたので、久々に映画館にGO!

鑑賞したのは第93回アカデミー賞で6部門にノミネートされている「ミナリ」。主要な人物は韓国人だし、登場する言葉のほとんどは韓国語だが、れっきとしたアメリカ映画である。気鋭のスタジオ「A24」とブラッド・ピットの製作会社「PLAN B」が製作している。

韓国からの移民のドラマだ。1980年代のアメリカ。農業での成功を夢見てアーカンソー州の高原に土地を買い、家族で引っ越してきた韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)。だが、荒れ果てた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカ(ハン・イェリ)は不安を抱く。それでも、しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟デビッドは、少しずつ新しい生活に馴染んでいく。そんな中、夫婦は幼い姉弟の面倒を見てもらうために、韓国から母スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せるのだが……。

韓国系の移民二世で、アメリカの田舎町で育ったリー・アイザック・チョン監督が、自らの体験をベースに撮り上げた作品だ。それだけに説得力のある描写が目立つ。

まず夫婦の関係性だ。どうやら一家は、もともとは今より便利な街に住んでいたらしい。しかも、夫婦ともに孵卵場で働いて、それなりの収入もあったようだ。だが、成功を夢見るジェイコブは、誰も手を出さないような土地を買い、トレーラーハウスを用意した。デビッドが心臓が悪いにもかかわらず、病院まで車で一時間もかかる辺鄙な場所である。

モニカにしてみれば、これは夫が家族よりも仕事を優先したと見えてしまう。そのため、彼女は不安を抱き、ジェイコブズに反発する。引っ越して早々に、2人は激しく対立する。だが、2人が大声でケンカをする場面は意外に少ない。その関係性の危うさは、底流に静かに漂わせ、表面的にはポジティブな要素を前面に出していく。

その表れが、韓国から呼び寄せたモニカの母スンジャだ。これがまた、何とも破天荒な人物なのだ。料理は一切できないというスンジャ。デビッドにクッキーが焼けるかと聞かれると、その代わりに花札を取り出して子供たちと遊び始める。ひたすら明るい。ポジティブといえばこれほどポジティブな人物はいない。彼女と孫たちとの掛け合いは、ユーモアたっぷりのやりとりだ。

とはいえ、もちろん困難の種は尽きない。農園では次々に問題が起きる。特に水不足に関わる一件が家族を苦しめる。せっかく掘り当てた地下水が早くも枯渇して、水道の水を作物の栽培に使わざるを得なくなる。そのため家の生活用水にも事欠く始末だ。借金も相当な額に上るらしい。

ちなみに、ジェイコブが作ろうとしているのは韓国野菜だ。アメリカに住む韓国系の人口から考えて、十分に商売になると踏んでいるのである。しかし、水がなければ話にならない。

その一方で、ジェイコブとともに農地を開墾する地元の風変わりな男や、教会に集う人々との関係なども描かれる。彼らの前で、一家は異邦人的な感覚を味わいもするが、同時に交流も深める。ありがちな移民の苦労話とは違う、多面性を持ったドラマなのである。

苦難を抱えつつも、それを乗り越えるべく懸命に生きる家族の姿が、美しい大自然をバックに描かれる。その筆致はけっして劇的ではなく、むしろ淡々としている。

やがて、祖母のスンジャが脳卒中で倒れる。それをきっかけに、底流に流れていた夫婦の危機が表面化する。そして思わぬ事態が発生する。

ミナリは韓国語で、多年草のセリを指す。スンジャは「どんな場所でもよく育ち、いろんな料理に使える」と言って、韓国から持ってきた種を川べりにまく。ラストシーンでは、そのミナリが効果的に使われる。明日への規模を感じさせるラストである。

ジェイコブを演じるのは「バーニング 劇場版」のスティーヴン・ユァン、母モニカは「海にかかる霧」のハン・イェリ。この2人の演技が絶品だ。セリフ以外の部分でも、夫婦それぞれの心情を充分に物語る演技だった。そして、祖母スンジャを演じたベテラン女優のユン・ヨジョンの弾けた演技も存在感十分だ。

アメリカにやってきた移民を扱った映画は、これまでにもたくさんあった。本作はその流れに沿った映画といえる。ことさらに韓国からの移民を強調した作りにはなっていない。時代も1980年代とはいうものの、もっと古い時代のドラマといっても通用するだろう。そうした点で、時代や人種を超えた普遍性を持ったドラマといえる。

何よりも逆境にめげずに、それでも前を向こうとする家族を見つめるチョン監督の、温かな視線が感じられる作品である。

チョン監督は、「君の名は。」のハリウッド実写版を手掛けることでも注目を集めている。はたしてどんな映画になりますやら。

 

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◆「ミナリ」(MINARI)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ、アラン・キム、ノエル・ケイト・チョー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/minari/