映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「薬の神じゃない!」

「薬の神じゃない!」
2020年10月20日(火)新宿武蔵野館にて。午後2時40分より鑑賞(スクリーン1/A-9)。

~エンタメと社会派を行き来する中国版「ダラス・バイヤーズクラブ

日本のような国民皆保険制度がないアメリカでは、医療費の高さからまともな治療が受けられない人も多いと聞く。では、中国はどうなのか。

「薬の神じゃない!」(我不是薬神/DYING TO SURVIVE)(2018年 中国)は、2014年に起きた実際の事件を基にした作品。マシュー・マコノヒーアカデミー賞で主演男優賞を受賞した「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版といった内容である。

冒頭に流れるのはインド風の音楽。主人公のチョン・ヨン(シュー・ジェン)は、上海でインドから輸入した強壮剤を販売する店を営んでいた。だが、金欠で妻に逃げられ家賃も払えない有様。そんなある日、慢性骨髄性白血病の患者リュ・ショウイー(ワン・チュエンジュン)から、インドのジェネリック薬を仕入れて欲しいという相談を受ける。

リュはなぜそんな依頼をしたのか。実は中国国内で認可されている治療薬は非常に高額なもので、多くの患者には入手困難だったのだ。映画の序盤では、それに不満を持つ患者たちが製薬会社に押し掛ける場面も描かれる。

とはいえ、密輸は犯罪だ。チョンは最初は申し出を断る。だが、あまりの金欠状態から金に目がくらみ、ついにインドから薬を仕入れて密輸・販売に手を染めるようになる。

そこからドラマは、ビジネス(厳密には犯罪だが)&成り上がりドラマの様相を呈する。チョンがビジネスで成功してお金持ちになる様子が、中国に加えインドも舞台にして、テンポよくケレンたっぷりに描かれる。ユーモアも満載でエンタメ性は十分だ。

そこには友情物語もある。チョンは最初に仲間に引き入れたリュに加え、白血病の娘を持ち患者掲示板を運営するポールダンサー(タン・ジュオ)、中国語なまりの英語を操る牧師(ヤン・シンミン)、金髪で不良の白血病の少年(チャン・ユー)などを仲間に加え、彼らとの絆を深めていく。彼らはいずれもキャラが立っていて、それぞれに様々な事情を抱えている。

こうして密輸ビジネスで大成功したチョンたちだが、やがて転機が訪れる。彼らが売った薬を使った患者が体調を崩したというのだ。よく調べてみると、チョンたちが売った薬とは別の偽薬が売られているらしいことがわかる。

というわけで、中盤にはチョンたちがその現場に乗り込んで、大立ち回りを演じるド派手なシーンがある。もちろんそこではアクションが炸裂。高額な医薬品をめぐる社会派ドラマでありながら、あくまでもエンターティメントとして観客を楽しませようという作り手の意図が明確に見える。

だが、その大立ち回り以降、ドラマは大きく変化する。様々な出来事が起きて、チョンは薬の密輸&販売から手を引くことになる。仲間とも離れ、縫製工場の経営者に収まるチョン。ところが……。

後半は再びチョンが薬の密輸&販売ビジネスに手を染める様子が描かれる。だが、今度はお金のためではない。自責の念を出発点に、正義のために突き進むのだ。かつての仲間たちとも再び手を組み、採算度外視で薬を売るのである。

前半の明るく楽しいタッチとは一変して、後半はシリアスで時には重たいほどの描写が目立つようになる。庶民の目線から、患者たちがいかに悲惨な状況に追い込まれ、チョンたちが居ても立ってもいられずに動き出したことが、情感たっぷりに描かれる。

とはいえ、後半もエンタメ的な見せ場はある。チョンたちに目を付けた警察の捜査が活発化し、そこでスリリングで危険な場面が連発する。仲間たちの非業の死など劇的な展開も、次々に飛び出す。どこまで事実に即しているのかはわからないが、ドラマを盛り上げる点では大いに効果的だ。

ちなみに、チョンたちを追う警察の捜査の先頭に立つ刑事は、チョンの別れた妻の弟(ジョウ・イーウェイ)だ。彼は最初は意欲満々で捜査をするが、あることから苦悩するようになる。そのあたりのエピソードの描き方にもそつがない。

終盤は感動の波状攻撃が用意されている。詳細は伏せるが、チョンの乗る車の窓から見える光景が観客を感動の渦へと導いてくれる。そして、最後にはさりげなくも温かなシーンが登場し、本作を締めくくるテロップが流れる。

そこで何が告げられるのか。要するに、この出来事が契機になって中国で医療改革が行われ、今では白血病の薬も手に入りやすくなり、白血病の死者が大幅に減ったということなのだ。検閲のある中国で、劣悪な医療制度をテーマにした本作が無事に公開されたのも(おまけにかなりヒットしたらしい)、ここで描かれているのが改革前の過去の出来事だからだろう。

ついでに言えば、直接的な政府批判ではなく、あくまでも製薬会社を矢面に立たせているのも、検閲をパスするための作り手の工夫かもしれない。最近は、こんなふうに中国の作り手はかなりしたたかになっているように見える。

主演のシュー・ジェンは、温かみとおかしみが伝わる演技が魅力的。彼の周辺の人物たちも、いずれも存在感のある演技だった。

社会派要素と娯楽要素を見事に両立させるのは韓国映画の得意技だが、中国映画も負けず劣らずといった感じだ。エンタメと社会派を巧みに行き来する充実の映画である。

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◆「薬の神じゃない!」(我不是薬神/DYING TO SURVIVE)
(2018年 中国)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:ウェン・ムーイエ
出演:シュー・ジェン、ジョウ・イーウェイ、ワン・チュエンジュン、タン・ジュオ、チャン・ユー、ヤン・シンミン
新宿武蔵野館ほかにて公開中
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