映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」
2020年10月22日(木)新宿シネマカリテにて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

~黒人青年の友情&成長物語、サンフランシスコへの愛を込めつつ

5年ほど前に膝を骨折して手術した後、しばらく膝が曲がらなくなって普通の映画館に行けなくなった。そんな中、新宿シネマカリテの最前列の席に座ると膝が伸ばせるし、スクリーンとも適度に距離があって観やすいため、頻繁に足を運んだものだ。それ以来、シネマカリテでは極力最前列の席を選ぶようにしている。

この日も最前列の席を選択して観たのは、「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」(THE LAST BLACK MAN IN SAN FRANCISCO)(2019年 アメリカ)。気鋭の製作スタジオA24とブラッド・ピット率いる製作会社プランBが組んだ作品だ。本作の主演を務めたジミー・フェイルズの実体験をもとに、彼の幼なじみでこれが長編デビューとなるジョー・タルボット監督が撮った映画である。

タイトル通りに、アメリカ・サンフランシスコを舞台にしたドラマだ。主人公の黒人青年ジミー(ジミー・フェイルズ)は、介護の仕事をしながら親友のモント(ジョナサン・メジャース)の家に居候している。彼はフィルモア地区に建つビクトリアン様式の美しい家を偏愛していた。その挙句に、住人に無断でその家を修繕しているところを見つかり、追い返されてしまう。

いったいなぜ、ジミーはそんなことをしたのか。実はその家は“サンフランシスコで最初の黒人”と呼ばれた彼の祖父が建てたもので、かつて幼いジミーが家族と暮らしていた家だったのだ。ところが、彼の父は金に困って家を手放すことになり、今は白人夫婦が住んでいた。

そんな中、住人の白人夫婦が遺産争いに絡んで、家を手放すことになる。売りに出された家が一時的に空き家になると知ったジミーは、勝手に忍び込んで住み始めてしまう。そんなジミーをモントは必死に支えるのだが……。

本作で最も印象深いのは映像だ。冒頭で防護服姿で海岸付近の掃除をする人々の物々しい姿が映る。さらに、その前でスーツ姿の黒人の司祭が大演説をぶつ。そんなふうに一瞬ギョッとするような映像があちこちにある。街のバス停に突如として全裸のおっさんが出現したりもする。

そんなビックリ映像はともかく、サンフランシスコの街や人々をとらえた映像が秀逸だ。ジミーが乗るスケートボードを効果的に使ったり、スローモーションを多用するなどして、リアルで詩情漂う映像を生み出していく。もちろん、ジミーたちを映し出す映像も同様だ。ジミーやモント、その周囲の人々の心情がリアルに伝わってくる。

ストーリー展開はそれほど起伏があるわけではない。明確なテーマやメッセージをダイレクトに訴えるわけでもない。それでもこの映画からは様々なことが伝わってくる。

まずはサンフランシスコの街の変化だ。劇中でも話が出てくるが、かつてここには日系人が多く住んでいた。だが、第二次世界大戦の際に彼らは収容所に送られ、代わって黒人たちが街の中心部に住むようになった。しかし、近年は、IT企業やベンチャー企業の発展により、白人の富裕層が暮らす街となっている。ジミーが固執する家は、今では観光名所となっているが、それは他の場所が再開発で昔の景観を失ったからでもある。

こうしてジミーの父が家を失ったように、黒人たちは郊外へ追いやられてしまった。ジミーが元の家に執着するのは、幼い頃の幸せだった記憶が忘れられないのだろう。今の彼は父親との関係も悪く、母親とはずっと会っていないようだ(劇中でバッタリ再会する場面がある)。

郊外に追いやられた黒人たちの実態も描かれる。モントの家の前には、黒人青年たちがたむろして、悪態をついたりして過ごしている。その中には殺人事件で命を落とす青年もいる。

とはいえ、本作で最も心に残るのは、ジミーとモントの友情物語&ジミーの成長物語だろう。ひたすら昔の家に固執するジミーは、考えようによってはひどく面倒臭い男だ。だが、それでもモントは彼を突き放すことなく、温かく接する。ジミーも彼には心を許す。

そして、やがてジミーの成長を印象付ける出来事が起きる。ジミーのやっていることは不法行為であり、ハッピーエンドにはなり得ない。結局のところ家から叩き出されて終わるのだろうと予想したのだが、そうではなかった。

ジミーが重要だと考えている事実が真実ではなかったことを知ったモントは、ある場を用意して、ジミーにそれを伝える。ジミーに過去と決別し、新たな人生に踏み出すことを促そうとしたのだろう。それを受けてラストでジミーは舟を漕ぎだす。

鮮烈な映像をはじめ独特の魅力を持つ映画だ。黒人青年の友情と成長の物語を軸に、サンフランシスコの街の変化やマイノリティーの過酷な現実など様々な要素が描かれている。

特にサンフランシスコへの思いは格別だ。劇中では名曲「花のサンフランシスコ」が効果的に使われる。また最終盤ではバスに乗る女性たちがサンフランシスコの文句を言うのに対して、ジミーが「サンフランシスコを嫌いにならないで」と話すシーンがある。これこそ作り手の気持ちそのものだろう。どんなに変化しても故郷は故郷。本作はサンフランシスコへの愛が詰まったドラマなのだ。

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◆「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」(THE LAST BLACK MAN IN SAN FRANCISCO)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間)
監督:ジョー・タルボット
出演:ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース、ティチーナ・アーノルド、ロブ・モーガン、フィン・ウィットロック、ダニー・グローヴァーソーラ・バーチ
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://phantom-film.com/lastblackman-movie/