「ブリグズビー・ベア」
新宿シネマカリテにて。2018年6月29日(金)午後12時より鑑賞(スクリーン1/A-8)。
~25年間監禁された「クマちゃん命」の青年の成長
先日取り上げた「ワンダー 君は太陽」で顔に障害を持つ子供を巧みに演じていたジェイコブ・トレンブレイ。彼が最初に注目されたのは、監禁された女性とそこで生まれ育った息子が外界へ脱出し、社会へ適応していくまでを描いた2015年の映画「ルーム」だ。ちなみに、この映画で主人公を演じたブリー・ラーソンは、アカデミー主演女優賞を受賞した。
この「ルーム」と似たドラマの構図を持ちながら、それとはまったく違うコメディー映画に仕上げているのが「ブリグズビー・ベア」(BRIGSBY BEAR)(2017年 アメリカ)だ。誘拐事件をコメディーにするのは、なかなか難しいと推察するが、それを見事にやりのけている。
冒頭に登場する子供向け番組のビデオ。相当古いものらしく画質は悪いのだが、どうやらクマのヒーローが宇宙の平和を守るヒーローものらしい。同時に、そこに数学などの知識も詰め込んだ教育番組でもあるらしい。主人公の25歳の青年ジェームス(カイル・ムーニー)は、この「ブリグズビー・ベア」という番組が大好き。子供の頃から毎週ビデオが届く。25巻・全736話にも及ぶ大作だ。
ジェームスは父(マーク・ハミル)と母(ジェーン・アダムス)と暮らしているが、どうも普通の生活ではないらしい。彼らは小さなシェルターに住み、ジェームスは外の世界に出ることはめったにない。父は外出時に防毒マスクをつけて出かけていく。何なのだ? この一家は。
まもなく警察がやってきて、父と母を逮捕する。2人は実は赤ん坊のジェームスを誘拐した犯人だったのだ。ニセの両親はジェームスをかわいがっていたが、誘拐がバレるのを恐れて、「外の世界は危険だから」と言い聞かせてジェームスを監禁状態に置いていた。彼にとって最大の楽しみだった「ブリグズビー・ベア」は、ニセの父親がジェームスのためだけに作り上げた番組だったのである。
こうして生まれて初めて外の世界に連れ出されたジェームスは、本当の両親と高校生の妹と対面(ついでにデカい犬も)。彼らと一緒に暮らすことになる。とはいえ、隔絶された世界で「ブリグズビー・ベア」だけを観て育ったジェームスだけに、完全に世間とズレている。その半端でない言動のズレっぷりが笑いのネタになる。ジェームスの言動に加え、何だかチープでちょっとオマヌケなブリグズビー・ベアのキャラクターも、笑いを生み出していく。
この映画のスタッフはアメリカの人気バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」のチーム。カイル・ムーニーが脚本・主演を務め、デイヴ・マッカリーが監督を務めている。コメディー色が強くなるのも当然だろう。
ただし、ただの笑える映画ではない。人間ドラマもきちんと描く。基本となるドラマの構図は、「ルーム」と同様に、いかにして彼が社会に適応していくかという成長物語。その成長の原動力に、「ブリグズビー・ベア」の映画作りを据えたのがユニークなところだ。実の父親と映画を観に行った彼はいたく感心する。そして、偽の父親の逮捕によって、二度と「ブリグズビー・ベア」の新作が見られないと知った彼は、「それなら自分で映画を作ってしまおう」と思い立つのだ。
映像制作に興味のある高校生と知り合ったジェームスは、彼らとともに映画の撮影に乗り出す。ニセの両親を逮捕した元演劇青年だった刑事も秘かにそれに協力する(グレッグ・キニアがいい味出してます)。
その映画製作の過程と、初めての友人との絆、女の子との際どい経験などをリンクさせる。最初はギクシャクしていた妹の関係も、映画作りの中で良好になっていく。そんなジェームスを中心とした青春群像を生き生きと描き出す。そこには青春ドラマにふさわしいきらめきとみずみずしさがあふれている。これも、この映画の大きな魅力である。そのおかげで、多少の展開の都合よさなどは気にならない。
そんな中で、問題なのが本当の両親との関係だ。過去の忌まわしい記憶と結びつく「ブリグズビー・ベア」に対して両親は嫌悪感を持っている。それがある事件をきっかけに露わになり、ジェームスは苦しい立場に追い込まれてしまう。
そのあたりで、「ブリグズビー・ベア」に登場しているある人物をジェームスが訪ねるシーンが印象深い。そうした様々な経験を重ねて、彼は「ブリグズビー・ベア」と現実社会とは別物であることを肌で感じていく。
終盤に待ち受けているのは、両親によるサプライズだ。彼らはジェームスの過去を無理に否定せず、ありのままの息子を受け入れようとする。そこからは素直に感動できるシーンが続く。
刑務所にニセの父親を訪ねるジェームス。これもまた彼の成長を物語る。そこでのニセ父役のマーク・ハミル(もちろん「スター・ウォーズ」の)の声の演技が笑える。何とも絶妙なキャスティングだ。
最後のシーンで舞台に現れ、消えていくブリグズビー・ベア。それは、ジェームスの新たな人生の一歩をしるすものに違いない。彼はブリグズビー・ベアによって大きく成長し、ブリグズビー・ベアからの自立を果たしたのだ。
コメディーを基軸としつつも、ひたすら笑いに走るのではなく、特殊な環境で育った若者の成長のドラマをきちんと描いた作り手のバランス感覚の良さに感心した。多くの観客が温かな気持ちで映画館を後にすることだろう。クマちゃん恐るべし!!
◆「ブリグズビー・ベア」(BRIGSBY BEAR)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間37分)
監督:デイヴ・マッカリー
出演:カイル・ムーニー、クレア・デインズ、マーク・ハミル、グレッグ・キニア、アンディ・サムバーグ、マット・ウォルシュ、ミカエラ・ワトキンス、ジェーン・アダムス、ライアン・シンプキンス、ホルヘ・レンデボルグ・Jr、ベック・ベネット、ニック・ラザフォード
*ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://www.brigsbybear.jp/