映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ストックホルム・ケース」

ストックホルム・ケース」
2020年11月18日(水)シネマート新宿にて。午後12時10分より鑑賞(スクリーン1/E-12)

イーサン・ホークの魅力が堪能できるコミカルな犯罪映画

人質が犯人と一緒に長い時間を過ごすうちにシンパシーを感じる状態を心理学用語で「ストックホルム症候群」と呼ぶらしい。その語源となった1973年に起きた事件を描いた実録犯罪ドラマが「ストックホルム・ケース」である。

1973年。スウェーデンストックホルム。何をやっても上手くいかない男ラース(イーサン・ホーク)は、銀行強盗を敢行する。幼い子を持つ行員のビアンカ(ノノオミ・ラパス)ら3人を人質に取り、警察との交渉で犯罪仲間のグンナー(マーク・ストロング)を刑務所から釈放させることに成功する。続いてラースは人質と交換に金と逃走車を要求するが、警察が彼らを銀行の中に封じ込める作戦に出たことで事態は長期化する。そんな中、犯人と人質の関係だったラースとビアンカたちとの間に不思議な共感が芽生え始めていく……。

映画の冒頭から登場するイーサン・ホーク。長髪のカツラを着け、口ひげを生やし、革ジャンを着込んだ姿はヒッピー風。乗り込んだタクシーの運転手からは「これからロックフェスに行くのか?」と声をかけられる。

そんな彼が向かったのは大きな銀行。いきなり銃を持って押し入る。金を盗ってすぐに逃げるかと思いきや人質を取って立てこもる。警察に対して刑務所にいる仲間の釈放を要求し、2人で金を持って逃走しようというのだ。

それにしても、イーサン・ホーク演じるこのラースという男。何とも破天荒だ。どうやら薬を飲んでいるらしく最初からハイテンション。ラジカセをドン!とカウンターに置いて、大好きなボブ・ディランの曲を流す(ディランの曲はその後も何度か登場する)。大声を張り上げて銃をぶっ放すものの、いわゆる凶悪犯とはやや趣を異にする。

相手が攻撃してくれば反撃もするが、自分から他人を痛い目に合わせることには躊躇する。自分たちの逃走を許可しようとしない首相を相手に、「10数えるうちに許可しないと人質を殺す」と脅すものの、いざ10になったら、「明日までに考え直せ」と銃を下すのだ。どう考えても根っからのワルじゃないよなぁ。コイツ。

そんなラースに対して、3人の人質が共感するのがドラマのポイント。特にビアンカは、彼に恋心まで抱くようになる。何しろラースはビアンカに何かと優しいのだ。人質になったビアンカが「子供に会わせて欲しい!」と懇願すると、わざわざ電話をかけさせてやるのである。また、ラースがかつて起こした事件で人助けをしたり、妻子に去られたエピソードなども語られる。彼の人間臭い側面が披露され、それがまたビアンカを惹きつける。

とはいえ、2人が親しくなる経緯がきちんと描けているかといえば疑問。両者の心理描写は表面的であまり深みが感じられない。いきなり2人がキスする場面ではちょっと引いてしまった。いくら長い時間一緒にいたからって、それだけで親しくなるものでもあるまいに。

だが、それでも最後まで観てしまったのは、やっぱりイーサン・ホークの魅力ゆえ。彼が演じなければ、ラースはただのノーテンキなブチ切れオヤジか、間抜けなワルにしか見えなかったかもしれない。とにかく無条件にカッコいいのだ。これならビアンカじゃなくても惚れるやろ。それは「ストックホルム症候群」とは、ちょっと違う気もするけれど。

一見犯罪サスペンスに見える本作だが、緊張感は期待しない方が良い。破天荒キャラのラースが主人公であるのに加え、警察もオマヌケで彼らが実行する作戦はことごとく失敗する。ラースたちも思い通りに事が進まない。しまいにはラースとグンナーが仲間割れする場面まである。これじゃあ、まるでダメダメ比べ。

わずかに緊迫感漂う場面といえば、ラースがビアンカに防弾チョッキを着せて「偽の殺人」を実行しようとするシーンあたり。さらに、「いよいよ逃走か?」という終盤の展開も、それなりにスリリングである。

そもそも作り手は、緊迫のサスペンスなど描く気はなかったのではないか。予測不能のラースの行動や、警察の暴走などを通して人間の滑稽さを描く犯罪コメディーにしたかったのかもしれない。監督・脚本はイーサン・ホークが伝説のトランペット奏者チェット・ベイカーを演じた「ブルーに生まれついて」のロバート・バドロー。後日談もそつなくまとめて、余韻を残してドラマが終わる。

グンナー役の「キングスマン」シリーズのマーク・ストロングビアンカ役の「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスなども、さすがに存在感のある演技を見せているが、やっぱりこれはイーサン・ホークを見る映画といえるだろう。イーサン・ホークのファンならずとも、彼の魅力を堪能できること請け合いの映画だ。

f:id:cinemaking:20201120202946j:plain

◆「ストックホルム・ケース」(STOCKHOLM)
(2018年 カナダ・スウェーデン)(上映時間1時間32分)
監督・脚本:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホークノオミ・ラパスマーク・ストロング、クリストファー・ハイアーダール、ベア・サントス、マーク・レンドール、イアン・マシューズ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.transformer.co.jp/m/stockholmcase/