映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「さよなら ほやマン」

「さよなら ほやマン」
2023年11月15日(水)新宿ピカデリーにて。午後2時より鑑賞(スクリーン10/D-8)

~B級コメディー映画と思いきやパワフルで熱い真っ当な青春ドラマ

「さよなら ほやマン」。タイトルとそのPRビジュアルだけを見て、B級コメディー映画だとばかり思っていたのだが、何だか高評価の声が相次ぎ傑作と評する人まで現れたとなれば、これは観に行かないわけにはいかないだろう(時間がちょうどよい映画が、これぐらいしかなかったということもあるのだが)。

宮城県石巻市の離島を舞台にしたドラマだ。豊かな海に囲まれた美しい島で暮らす兄弟。兄のアキラ(アフロ)は一人前の漁師を目指して修業中。弟のシゲル(黒崎煌代)は知的障害があり船に乗ることができない。2人は両親が行方不明で借金を抱えているが、叔父のタツオ(津田寛治)や近所に住む春子(松金よね子)らに支えられて、何とか暮らしてきた。

そんなある日、一人の女性が島にやって来る。漫画家の美晴(呉城久美)だった。何やら訳あり風の彼女は兄弟に出会うと、2人の家を売ってくれと言い出す。そして、手付金として50万円を渡す。兄弟が決断するまでの間、美晴は家に住み着き、3人は奇妙な共同生活を送る……。

まあ、とにかくパワフルな映画だ。のっけからエネルギーに満ちている。アキラとシゲルの日常を面白おかしく描くのだが、2人ともとにかくエネルギッシュ! おかげでコントのような日常が繰り広げられる。

そして、2人の食事はほとんどカップラーメンばかり。これは借金まみれのせいかと思ったら、そうではないことが後になってわかる。

映し出される離島の風景は、ひたすら美しい。だが、同時にそこは船で石巻まで1時間ほどの距離があり、生活物資にも限りがある。不便を感じて出て行く者も多いが、アキラは島に留まっている。それは家と家族を守らなければならないという使命感からだ。

その使命感はどこから来たものなのか。実は兄弟の両親が行方不明になったのは震災のときだった。揺れが始まってすぐに船を沖に出すことを決めた父親は、アキラを同行しようとした。だが、アキラがためらっているのを見た母親が、自分が行くと言ったのだ。そして両親は行方不明になった。

アキラはその罪の意識もあり、家と弟を何が何でも守ると決めた。それは同時に自分のことに関しては何も考えず、決められたレールの上を進むということだった。

ちなみに、彼がカップラーメンばかり食べているのは、両親が行方不明になった海のものは食べないと決めたからだ。シゲルもそれに倣っている。

そんな中、突然、美晴がやって来る。彼女は破天荒で、自分のやりたいようにしなければ気が済まない女性だった。行動も乱暴で暴力的。アキラとシゲルに対しても遠慮なしに、自分の意志を貫こうとする。

そんな美晴に出会って、アキラの心にさざ波が立ち始める。彼は震災以来初めて、自分のことを考えて、自分に向き合わざるを得なくなる。このままでいいのかと。

映画の中盤、とにかく金を稼がねばと考えたアキラは、美晴から受け取った頭金50万円をつぎ込んで撮影機材等を買い込む。YouTubeを始めようというのだ。ネタにするのは、かつて父親が考え出した地元キャラのホヤマン。自分はクリエイティブなことがやりたかったと言い、張り切って動画をアップする。はたしてその結果は……。

これが長編デビューとなる庄司輝秋監督は、オールロケによる美しい映像をバックに、ユーモラスでパワフルでエネルギッシュなドラマを構築した。時にアニメなどの小技も挿みながら、アキラの千々に乱れる心理を巧みに映し出す。

同時にその他の人物のドラマも盛り込む。例えば、美晴の暴力の背景には親の暴力があったらしいことが示唆され、今もそれが彼女を苦しめていることが描かれる。また、春子はかつて島を出て行くと言ったアキラたちの父を引き留めたことから、ずっと罪の意識を抱えていることが明らかになる。

そして映画の終盤、ついにアキラは家を売って島を出る決意をする。だが、そこで発覚した衝撃の事実!!!

その後に訪れるクライマックスが圧巻だ。アキラが震災を追体験し、自らがそれに向き合うのだ。そこでのアキラの壮絶な叫びに、アニメが乗り、さらにフリージャズの演奏がバックに流れる。凄まじいパワーを感じさせる場面で、ただ見とれるしかなかった。庄司監督の熱い思いに圧倒された。

さりげなくも、ごく自然な後日談も心に染みた。アキラは確実に以前の彼とは変化したのだ。

主役のアキラを演じたアフロは、「MOROHA」というバンドのミュージシャン。今回初めて知ったのだが、お世辞にも演技がうまいとは言えないものの、その存在感は抜群だった。アキラにはこの人しかいなかったと思わせる演技だった。

美晴を演じる呉城久美は、NHKの朝ドラなどに出演していたらしいが、この人も今回初めて知った。ヤサグレ感漂う中に、ひたすら何かに対して怒っているような演技が絶品だった。ホヤを食うときの食いっぷりもなかなかだ。

シゲル役の黒崎煌代、そしてタツオ役の津田寛治、春子役の松金よね子の奥行きある演技も印象に残る。

庄司監督は石巻出身とのこと。震災を含め様々な思いがあったのだろう。それをぶつけた本作は、熱気にあふれた素晴らしい青春映画に仕上がった。タイトルだけ見て軽視していたが、良い意味で予想を裏切られた。おみそれしました!

◆「さよなら ほやマン」
(2023年 日本)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:庄司輝秋
出演:アフロ(MOROHA)、呉城久美、黒崎煌代、津田寛治、澤口佳伸、園山敬介、松金よね子
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://longride.jp/sayonarahoyaman/

 


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