「82年生まれ、キム・ジヨン」
2020年10月15日(木)グランドシネマサンシャインにて。午後12時より鑑賞(シアター7/E-7)。
~女性の抱える生きづらさをリアルに、情感たっぷりに見せる。男性も必見
ここ数年、韓国の文学が日本で注目を集めているようだ。そのきっかけになったのが、チョ・ナムジュのベストセラー小説「82年生まれ、キム・ジヨン」。2016年に韓国で発表されて社会現象とも言える広がりを見せ、邦訳も2018年に筑摩書房から発売されてかなりのヒット作となった。
それを映画化したのが「82年生まれ、キム・ジヨン」(KIM JI-YOUNG: BORN 1982)(2019年 韓国)。監督は本作が長編デビューとなる新鋭の女性監督キム・ドヨン。
ちなみに、ワタクシ、原作は読んでいません。スイマセン。なので、ほとんど予備知識なしに鑑賞した次第。
生きづらさを抱えた女性のドラマである。タイトル通りに1982年生まれのキム・ジヨン(チョン・ユミ)が主人公。結婚を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨンは、時に閉じ込められているような感覚に襲われるようになる。そんな中、まるで他人が憑依したかのような言動をとるようになる。ジヨンにその時の記憶はなく、心配した夫のデヒョン(コン・ユ)は、精神科医に相談に行くのだが……。
本作で描かれるのはジヨンの苦難だけではない。それ以外にも彼女の周辺の様々な女性たちの生きづらさが描かれている。そのため現在進行形のドラマの合間には、過去の出来事が挟まれる。ジヨンの幼少期、少女時代、バリバリのキャリアウーマン時代、結婚間もない頃などである。
そこから見えるのは女性に対する理不尽な差別だ。生まれついてジヨンはずっと女性差別にさらされてきた。いや、彼女だけではない。周囲の女性たちも含めて、あらゆる場面で「女性はこうあるべきだ」という周囲の声に直面してきた。
冒頭近くで夫の実家に帰省した際に義母がジヨンに言う。「子供は母親が育てるものだ」。あるいはかつて就職が決まらずに嘆くジヨンに対して父は言う。「ずっと家にいて嫁に行けばいい」。同じく父は変な男に狙われた少女時代のジヨンに対してこう言う。「お前に隙があるからだ。短いスカートをはくな」。
そうした発言は、けっして悪気があってのものではない。当人たちはそれが当たり前だと思っているのだ。このドラマに悪人はほとんど登場しない。描かれる差別は特定の個人によるものというよりも、社会が引き起こしたものとして描かれる。だからこそ、それは根深いものであり、あらゆる時代に共通するものとして捉えられる。もちろん今の時代にも確実に続いているのである。
個人的に最も印象深かったのが、ジヨンが広告会社で働いていた時のエピソードだ。そこでは結婚して子供のいる女性チーム長が活躍していた。彼女は差別的言動を弄する周囲の男性をユーモアでかわし、一歩も引けを取らなかった。だが、そんな彼女はジヨンを昇進させなかった。女性は結婚して、出産してキャリアが中断されるからというのがその理由だ。自らがそれを経験したからこそ、後輩に同じ道を歩ませたくなかったのだろう。こうして男性のみならず、女性も心ならずも加担してしまう事実が、女性差別の根深さを物語っている。
本作のテーマは明確であり、強いメッセージが発せられている。だが、けっして説教臭いドラマではない。数々の女性差別に関する逸話を通してその深刻さが突きつけられるのと同時に、ジヨンの人間ドラマがリアルに、そして情感たっぷりに描かれる。
今もジヨンは母として、妻として、「こうあるべきだ」という周囲の声に翻弄されている。夫の家族に気を使い、自分はいつも二の次だ。夫のデヒョンは優しくて思いやりがある男性だが、それでも彼女の苦しみになかなか寄り添えない。
そんな中、転機が訪れる。かねてから仕事を再開したいと思っていたジヨンは、かつての上司のチーム長が起業すると聞き、その元で再び働くことにする。だが、それを知った義母は不満を持つ。夫のデヒョンは表面的には協力的だが、何か引っかかるものがあるらしい。そして、子供を見てもらうベビーシッターも見つからない。
というわけで、またしても困難に直面したジヨンがどうなるのかは伏せるが、どうやら本作の結末は原作とは異なるものらしい。簡単に言えば、ジヨンの再出発と夫婦の絆を確認して、希望の火を灯してドラマが終わる。そこでは、子供の頃にジヨンが憧れていたある職業が、再出発の重要なアイテムとして巧みに使われる。
原作を読んだ人には賛否ある結末かもしれないが、個人的にはこうしたメッセージ性の強い社会派の映画でも、エンターティメントとして観客を感動させ、温かな余韻を残す韓国映画らしいサービス精神に好感が持てた。
主演のチョン・ユミは、その心の内がダイレクトに伝わる素晴らしい演技。時として見せる虚ろな表情が、ジヨンの迷いの深さを示していて胸が締め付けられた。第56回大鐘賞映画祭で「パラサイト 半地下の家族」のチョ・ヨジョンを抑え主演女優賞を受賞したのも納得。
また、夫役のコン・ユはあの笑顔が最大の魅力。どんなにすれ違いがあっても、根底のところでジヨンとの絆を保っていることが伝わり、この過酷なドラマの救いとなっている。ちなみに、チョン・ユミとコン・ユは「トガニ 幼き瞳の告発」「新感染 ファイナル・エクスプレス」に続く3度目の共演で、今回が初の夫婦役。
さらに、ジヨンの母役のキム・ミギョンの演技も見逃せない。ジヨンにつまらないことを言う夫を一喝し、ジヨンの病気を知って抱きしめて涙を流す。存在感十分の演技だ。
おそらく多くの女性が共感するであろう本作だが、男性も観るべき作品だろう。ここで描かれている女性の生きづらさは、男性にとっても無縁ではない。ジヨンの夫デヒョンが妻の苦しみを知り、変化していく姿に自身を投影する男性も多いはずだ。
◆「82年生まれ、キム・ジヨン」(KIM JI-YOUNG: BORN 1982)
(2019年 韓国)(上映時間1時間58分)
監督:キム・ドヨン
出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンチョン、キム・ソンチョル、イ・オル、イ・ボンリョン
*丸の内ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://klockworx-asia.com/kimjiyoung1982/