映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「明日へ」

「明日へ」
2020年9月30日(水)GYAO!にて鑑賞。

~笑いや感動とともに描く韓国の深刻な労働問題。日本にも無縁ではない

コロナ禍で仕事を失う人も多い中、興味深い映画を動画配信サイトで見かけたので鑑賞してみた。日本では2015年に劇場公開された韓国映画「明日へ」(CART)(2014年 韓国)だ。

深刻な社会問題をエンタメの中で巧みに描くのが韓国映画の真骨頂。「明日へ」はまさにそんな映画だ。2007年に実際にスーパーで起きた不当解雇に対する闘争の模様を、笑いあり、涙ありで情感たっぷりに描き出している。

大手スーパーマーケット「ザ・マート」。入社5年でようやく正社員への昇格が決まったレジ係のソニ(ヨム・ジョンア)。だが、ある日、会社側は現場業務をすべて外部に委託するという理由で、非正規雇用者全員を一方的に解雇する。突然職を失うことになったソニと同僚たちは、労働組合を結成して一致団結して、強大な企業権力を相手に解雇撤回を求める行動に出るのだが……。

ここで描かれているのは、韓国の労働者たちの過酷な現実だ。非正規雇用者が突然解雇され、組合を結成して抵抗するものの会社は相手にしない。困った従業員たちが職場を占拠して話し合いを求めても、会社側は警察権力などの力を借りて要求を潰そうとする。

映画の冒頭の朝礼で、会社側は「お客様は神様! 会社の繁栄は、わたしたち従業員の繁栄!」というスローガンを全員に叫ばせる。だが、何のことはない。彼らはすでに会社の身売りを決めて、そのための経費削減に打って出たのだ。コイツら、従業員のことなど何も考えていないのである。

そんな実情を「これでもか!」と観客に突きつけることもできるわけだが、韓国映画はそんな無粋なことはしない。誰もが楽しめるエンタメ映画として描きつつ、そこにさりげなく社会派のメッセージを込めていく。

ドラマのポイントになるのは女性たちの友情物語だ。主人公のソニは夫が長期不在の中、2人の子供の面倒を見ている。また、シングルマザーのヘミ(ムン・ジョンヒ)、ベテラン清掃係スルレ(キム・ヨンエ)など、他の同僚たちもそれぞれに事情を抱えている。そんな彼女たちが闘争の中で絆を深めたり、仲違いしたりする。

職場を占拠して寝泊まりする中での炊き出しの様子や、寸劇を披露する場面など生き生きとした描写が続く。ユーモラスな場面もたくさんある。その一方で、会社側の冷徹な仕打ちなどは情け容赦なく描き出す。

主人公のソニと息子との親子愛のドラマも描かれる。闘争に打ち込み、なかなかコミュニケーションが交わせない2人の間は次第にギクシャクする。だが、あることをきっかけに親子の絆を確認する。ありがちとはいえ、素直に感動できるドラマである。ちなみに、ソニの息子役はアイドルグループ「EXO」のD.O.(ディオ)が本名のド・ギョンス名義で演じている。

闘争は二転三転する。彼女たちの上司だった男性の正社員が、会社側の仕打ちに憤って仲間に加わり、委員長となって先頭に立って闘う場面もある。そのあたりでは闘争は大いに盛り上がり、問題解決に向けた希望も見える。だが、そう簡単に事態は進まない。

終盤には、ショッキングな出来事が起きて、観客の悲しみの涙を誘う。それでもソニたちの不屈の闘志を力強く、それをしなやかに描くとともに、いったんは断ち切られた仲間たちとの絆を示す。

実のところ、エンディングのテロップで示されるこの闘争の実際の結末は、諸手を挙げて万歳と叫べるようなものではない。だが、それでも彼女たちの闘争が意義深いものであったこと、そしていかに韓国の労働環境が過酷であるかを印象付けて映画は終幕を迎える。

主演のヨム・ジョンアをはじめ、役者たちの生き生きとした演技も、この映画を観応えあるものにしている。今年公開された「悪の偶像」で失踪した新妻役を演じていたチョン・ウヒなど、脇役たちも何気に個性派揃いだ。

それにしても、ここで描かれていることは日本にも無縁じゃありませんぜ。すでに非正規雇用が平気で切り捨てされている中、財界は今以上の「雇用の自由化」を叫んでいるのだ。それって、行き着く先はまさにこの映画だと思うのだが。いいんですか?それで。

◆「明日へ」(CART
(2014年 韓国)(上映時間1時間44分)
監督:プ・ジヨン
出演:ヨム・ジョンア、キム・ヨンエ、キム・ガンウ、ムン・ジョンヒ、チョン・ウヒ、ファン・ジョンミン、ド・ギョンス、チウ、パク・スヨン、イ・スンジュン
*動画配信サイトにて配信中


EXOのD.O.出演!映画『明日へ』予告編