映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「スペンサー ダイアナの決意」

「スペンサー ダイアナの決意」
2022年10月15日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン5/H-12)

~ダイアナ妃をめぐる寓話。描かれるのは狂気に走る女の姿

スキャンダルにまみれ衝撃的な死を迎えたダイアナ妃。もしも生きていたら、今回のエリザベス女王の死に接してどんな態度をとっただろうか。

そのダイアナ妃の人生を描いたのが「スペンサー ダイアナの決意」。監督は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」のパブロ・ラライン

ただし、この映画、正確にダイアナ妃の生涯をたどった伝記映画ではない。映画の冒頭に「実際の悲劇にもとづく寓話」と断っているように、大胆に脚色をしたフィクションといってもいいだろう。こうであったのではないか、こうであったら面白いという作り手の思いが、そのまま反映された作品だ。

1991年のクリスマス。ロイヤルファミリーは、エリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まっていた。そこで過ごした3日間に焦点を当てる。このサンドリンガムという場所は、ダイアナの生家にも近い場所だった。

ダイアナは車を運転して、一人でこのサンドリンガム・ハウスにやって来る。だが、途中で道に迷い、一番遅く到着する。そのときのダイアナの精神状態は、すでにかなり不安定だ。というのは、この時点ではチャールズ皇太子との夫婦関係は冷え切り、世間では不倫や離婚の噂が飛び交っていたのだ。

王族たちはダイアナ以外の誰もが平穏を装い、何事もなかったかのように過ごしている。それがますます彼女をイラつかせる。ディナーで全員が集まった席で、エリザベス女王チャールズ皇太子の何気ない視線が、すべて彼女を非難しているかのように思えてしまうのだ。

彼女をイラつかせる象徴的なアイテムとして登場するのが、真珠のネックレスである。それはチャールズが浮気相手に贈ったのと同じもの。それを身につけることで、ダイアナの苛立ちはいっそう大きくなる。

それ以外にも、すべての場で着用する服が事前に決められ、ダイアナの意見など取り入れられないことも彼女を苛立たせる。彼女のお気に入りの衣装係は、ロンドンに帰るように命じられてしまう。

さらに、彼女をガードする役割で見知らぬ軍人が派遣され、強制的に体重を量るよう指示したり(そういう決まりらしい)、あれこれと彼女に指図するのも気に入らない。とにかく、このサンドリンガム・ハウスの全てが彼女をイラつかせ、憔悴させるのである。

おかげで、彼女は拒食症&過食症になり、最後の方ではついに自傷行為まで働いてしまうのだ。もはや狂気の世界である。

そんなダイアナは自身の姿をアン・ブーリンにダブらせる。アン・ブーリンは16世紀に実在し、夫のヘンリー8世によって処刑された。アンへの異様な執着は彼女の孤独の裏返しだ。劇中では、アンの幽霊まで登場して彼女の心を惑わせる。

ラライン監督は、ダイアナがそうやって狂気を帯びていく姿を冷静に描いていく。現実だけでなく、夢や創造と思える場面も現出させる。はたして現実なのか、非現実なのか。曖昧模糊とした場面もある。観る者の想像力を刺激する作風である。

映像の力も大きい。撮影監督は、この間取り上げた「秘密の森の、その向こう」や「燃ゆる女の肖像」などセリーヌ・シアン監督の作品で知られるクレア・マトンだ。この人の映像はなぜこうも美しく端正なのだろう。今回はゴシック調の色合いが加わり、後半でダイアナが生家に向かうあたりではホラー映画的な雰囲気も醸し出す。

「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」でアカデミー賞衣装デザイン賞に輝いたジャクリーン・デュランによる衣装も見事だし、ダイアナの心の葛藤を象徴するようなトランペットの不気味な音色を使ったジョニー・グリーンウッドの音楽もよくできている。

こうして狂気に走るダイアナにとっての唯一の安らぎが、2人の子供の存在である。彼らと一緒にいる時の彼女は、ひたすら穏やかで優しい。それが終盤での彼女の決断と結びつく。

ダイアナの古びた生家への侵入と、子供時代の自分自身との遭遇、同性愛的なエピソードなどを経て、ドラマはラストへ突入する。そこには狂気の果ての悲劇が待っているかと思いきや、そうではなかった。ラストはカタルシスが味わえる。

とはいえ、この何年後かに悲劇的な死を遂げたという事実が、何ともやるせないのではあるが。

クリステン・スチュワートの演技が素晴らしい。単にダイアナに似せているだけではなく、生身の人間が苦悩し、狂気を帯びていく姿をリアルに演じている。アカデミー主演女優賞にノミネートされたのも納得の演技である。

正統派の伝記映画を期待すると裏切られる。だが、1人の生身の女性の凄まじい苦悩を描いた、ホラー調も加味したドラマとしてはなかなか面白い。タイトルに「ダイアナの決意」とあるが、「ダイアナの苦悩」「ダイアナの憔悴」いや「ダイアナの狂気」とも呼ぶべき映画かもしれない。

 

◆「スペンサー ダイアナの決意」(SPENCER)
(2021年 イギリス・ドイツ)(上映時間1時間57分)
監督:パブロ・ラライン
出演:クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング、ティモシー・スポールショーン・ハリスサリー・ホーキンス
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://spencer-movie.com/


www.youtube.com

 

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