映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」
新宿武蔵野館にて。2018年9月28日(金)午後12時より鑑賞(スクリーン1/A-5)。

~高校生たちのカンニング“ビジネス”を社会問題を背景にスリリングに見せる

カンニングは一度もしたことがない。その必要がないほど抜群に成績優秀だったわけでも、無茶苦茶に正義感が強かったわけでもない。ただ悪事がバレるのが怖かっただけである。

タイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(BAD GENIUS)(2017年 タイ)は、中国で実際に起こったカンニング事件をモチーフに製作された。カンニングといっても、クラスの片隅で行われるものではない。世界を股にかけてビジネスとして実行されるのだ。

そのカンニングの当事者たちが疑惑を持たれ尋問を受けるというのが、ドラマ全体の大枠だ。その中で彼らが何をしたのかが描かれる。だが、実はこの尋問シーン、それ自体に意外なからくりがある。それがのちになって判明して仰天させられる。そんなふうに隅々まで凝りに凝った仕掛けのある映画なのだ。

主人公は、天才的な頭脳を持つ女子高生リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)。映画の冒頭は、リンが進学校への転校のために父とともに、校長の面接を受けるシーンだ。校長はリンの頭脳を評価して入学を認める。だが、リンは今一つ気が乗らない様子。転校すれば学費のほかに多額の経費がかかり、大変な負担になると説明するリン。それに対して、校長は授業料を免除する特待奨学生として受け入れると申し出る。

リンの置かれた経済的状況と、それをはねのけるしたたかさを示すこのシーン。ここから彼女の戦いが始まる。そして、このシーンには映像的な工夫もある。リンが学費について頭の中で素早く計算するのに合わせて、その数式がテロップとして映し出されるのだ。

こうして映像的に様々な技巧を凝らしているのが、この映画の特徴の一つだ。アップやスロー映像などを巧みに組み合わせ、スタイリッシュでケレンに満ちた映像で、テンポよくドラマを進める。長編2作目のナタウット・プーンピリヤ監督は、CMやミュージック・ビデオを手がけてきたそうで、そうした経験が十分に発揮されているのだと思う。

転校したリンは、グレース(イッサヤー・ホースワン)という同級生と仲良くなる。だが、彼女は成績が悪かった。そんな中、リンはテスト中に「ある方法」でグレースに答えを教えて、彼女の窮地を救う。

この最初のカンニングシーンからして、破格のスリリングさだ。鍵になる靴の動きをアップで追った映像が、ハラハラドキドキ度を高める。だが、それはまだ序の口にすぎない。

グレースは、カンニングの件を彼氏のパット(ティーラドン・スパパンピンヨー)に話してしまう。パットは裕福な家の子だが、こちらも成績はさっぱり。そこで彼は試験中に高度なカンニングをして、顧客の生徒たちから代金を取る“ビジネス”をもちかける。リンはそれに応じて答えを教える。

最初のカンニングは友情がベースにあったが、今度はそうではない。金儲けが主な目的だ。それだけを聞けば、リンが大変な悪女のように思えるかもしれない。だが、冒頭でも描かれているように、彼女は経済的に恵まれていない。そのことが印象付けられるから、リンを正面から非難する気にはなれない。これは彼女にとって、貧困からの脱出の戦いなのだ。

つまり、このドラマにはタイの社会の現状などが、巧みに織り込まれているのである。貧富の格差、学歴偏重社会、学校での賄賂の横行などが背景として登場する。もちろん真正面から取り上げるのではなく、エンタメドラマの背景として盛り込まれているのだが、それがドラマの面白さを十二分に引き立てている。

まあ、何よりも犯行の手口があまりにも鮮やかでスリリングなので、善悪を越えてシンプルに見入ってしまうのだ。ちょうど「オーシャンズ・シリーズ」などのケイパー(強盗)もののドラマと、共通する魅力に満ちた映画だと思う。

リンたちがビジネスとして始めたカンニング。そこで使われる手口は、ピアノからヒントを得た暗号法。よくもまあ、こんなことを考え出すものだと感心する。それによって、リンはクラスメートから賞賛され、報酬も貯まっていく。

だが、好事魔多し。彼女に最大の試練が訪れる。厳しい監督教師だけでなく、カンニングを嫌悪する男子学生バンク(チャーノン・サンティナトーンクン)の存在によって、リンたちの犯行はより困難なものになる。それをかいくぐって、いかにしてリンたちが犯行を成し遂げるのか。ここもまた破格のスリルで、誰しもスクリーンに見入ってしまうはずだ。

ちなみに、バンクもまた貧しい家庭の学生だ。リンと同様に、奨学金を得て大学進学を目指している。2人はライバル関係でもある。そして、そのことがリンの運命を大きく狂わせる。

いったん挫折したリン。これでドラマが終わるかと思いきや、さにあらん。リンは最後の犯行に乗り出す。それは、アメリカの大学に留学するため世界各国で行われる大学統一入試「STIC」を舞台にしたスケールの大きなカンニングだ。そこで使われるのが時差のトリック。過去にも時差をトリックに使った映画はあったが、その中でもかなりの面白さだと思う。

この最後の犯行にも例の苦学生バンクが関わってくる。それも意外な形で。彼の存在が犯行に至る準備段階で大きな波乱を起こす。仲間割れをはじめ様々な困難がリンたちを襲う。こうしてドラマは二転三転する。

いざ犯行となった場面でも計画通りに事は進まない。次々にトラブルが起きてリンたちは苦境に追い込まれる。試験会場で、駅の構内でと緊迫の場面が続く。

そして終盤に進むにつれて、リンの心情がよりきめ細かに描かれるようになる。彼女の心の揺れ動きがリアルに伝わってくる。それがラストでの彼女の決断の伏線になる。

カンニングとはいえ、犯罪は犯罪。それによって傷つく人も少なくない。父娘の絆を土台にしつつ、そのことを明確に示し、ドラマは最後のヤマ場を迎える。そこではリンが重大な決断を迫られる。

決断を下したリンの表情が印象深い。主演のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンのこの表情だけでも、この映画は観る価値があると思う。それによって、彼女の成長をクッキリとスクリーンに刻み付ける。そこに至って、この映画が単なるケーパーものや犯罪サスペンスだけでなく、青春映画としての魅力も持つことが理解できる。ここが「オーシャンズ」シリーズなどとの大きな違いだろう。

とにかく無条件で楽しめるスリリングな犯罪映画である。タイの社会問題に加え、青春ドラマ的な要素も味わえる。文句なしの面白さだ。

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◆「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(BAD GENIUS)
(2017年 タイ)(上映時間2時間10分)
監督:ナタウット・プーンピリヤ
出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノン・サンティナトーンクン、イッサヤー・ホースワン、ティーラドン・スパパンピンヨー、タネート・ワラークンヌクロ、サハジャック・ブーンタナキット
新宿武蔵野館にて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://maxam.jp/badgenius/