映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「コーダ あいのうた」

「コーダ あいのうた」
2022年1月28日(金)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時50分より鑑賞(スクリーン4/H-9)

~家族の中でたった一人の健聴者の迷い。大成功のリメイク版

外国の映画をアメリカでリメイクすると、形は似ていても中身がスカスカの映画になってしまうケースがよくある。しかし、2014年のフランス映画「エール!」をリメイクした「コーダ あいのうた」は、オリジナルに負けず劣らず素晴らしい映画に仕上がっている。リメイクながら、サンダンス映画祭で観客賞など4部門を受賞したのも納得の映画である。

ちなみに、タイトルのコーダは「Child of Deaf Adults」(ろうあの親を持つ子供)の意味だそうだ。

オリジナル版では農場が舞台だったが、こちらはマサチューセッツ州の海辺の町に舞台を移している。

高校生のルビー(エミリア・ジョーンズ)は、両親(トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン)と兄(ダニエル・デュラント)と暮らしている。家族の中で健聴者は彼女だけで、手話の通訳や家業である漁業の手伝いなど、幼い頃から家族の耳となって日常生活を支えてきた。そんな中、新学期に合唱クラブに入部したルビーは、顧問の先生に歌の才能を見出され、名門音楽大学を目指すように勧められる。ルビー自身も進学の夢を抱くものの、自分を頼りにする家族との間で揺れ動く。

オリジナルもそうだったが、本作も感動の押し売りとは無縁だ。脚本・監督のシアン・ヘダーは、ユーモアたっぷりに、そして生き生きと一家とその周辺の人々を描き出す。

何しろ登場人物が個性派揃いだ。ルビーの両親はとにかく明るく元気。兄ともども耳が不自由なことを苦にはしない。自分の主張を押し通そうとするし、理不尽なことがあれば抵抗する。ルビーに音楽の道を勧める教師も、毒舌満載のユニークな人物だ(犬の呼吸法が笑える)。障がいの有無に関わらず、みんなユニークな人たちなのである。

そういう人たちのドラマだから、笑いのネタには事欠かない。両親の股間に異常が発生し、医師からセックス禁止を言い渡されるエピソードなど下ネタも飛び出す。

それでもシリアスな問題が出てくる。それはやはり耳が聞こえる人と、そうでない人とのギャップだ。それが様々な軋轢を呼ぶ。ルビーが誕生した時に、母は「耳が聞こえる」と知ってがっかりしたという。「わかりあえない」と感じたのだという。

それは取り越し苦労だったにせよ、耳の不自由な人とそうでない人の間に壁があるのは事実。一家は、その壁を乗り越えるためにルビーを頼りにしていた。

ルビーは今では一家と健聴者との通訳を務め、漁業の現場でも大活躍。おりしも港では監視員が船に同乗する話や、魚を買い取る値段をめぐって混乱の火種が燃えさかっていた。それだけにルビーの存在はますます大きくなっていた。そんなルビーが歌の道に目覚め、家族との板挟みに悩むのだ。

細かなところまでよく気配りされたドラマだ。ルビーとデュエット相手の青年マイルズとのラブロマンスも描かれる。ふとしたことから、一度は壊れかけた2人の仲を崖を使って修復に持っていくという、なかなか心憎い仕掛けも用意されている。

もちろん楽曲はどれも素晴らしい。特に終盤ではジョニ・ミッチェルの名曲「青春の光と影」が印象的に使われる。元々良い曲ではあるが、ここまで感動させられたのは初めてだ。

音楽の道へのあこがれと、家族への思いの狭間で揺れ動くルビー。なにせ「お前がいなければダメだ」と言われてしまえば、どうしようもない。自分の夢と家族の間で揺れるルビーの悩みが切実に迫ってくる。

その結果、ルビーは自分の夢よりも家族を選ぶことを決意する。だが、彼女の両親もまた悩んでいた。自立すべきは自分たちではないのか、と。

終盤の展開が素晴らしい。ルビーたちのコンサートの場面。そこでルビーはマイルズとデュエットする。そのシーンを途中から音を消して見せるのだ。それはちょうど客席の両親の視点だ。彼らにルビーの歌は聞こえないが、他の観客の表場やしぐさから、それが素晴らしい歌であることを理解する。

さらに、音楽大学のオーディションシーン。そこでルビーは手話を交えて歌を披露する。これはもう感涙必至の場面である。

ラストシーンも気が利いている。それまで言葉を発しなかった父が、ごく短くある言葉を口にするのだ。それはまさに彼女の背中を押す言葉。このドラマにふさわしい清々しいエンディングである。

主演のエミリア・ジョーンズはTVドラマ「ロック&キー」で知られるようになったらしいが、実にこの役に合っていた。歌もうまい。マイルズ役は「シング・ストリート 未来へのうた」のフェルディア・ウォルシュ=ピーロ。そして、「愛は静けさの中に」でアカデミー賞を受賞したマーリー・マトリンをはじめ、家族役に聴覚障がい者を起用しているのも、この映画の本物感を高めている。いずれも素晴らしい役者たちだ。

オリジナルも素晴らしかったが、こちらも負けず劣らず素晴らしいドラマである。ルビーと家族の思いがよりリアルに伝わってきた。大成功のリメイク版といえるだろう。

◆「コーダ あいのうた」(CODA)
(2021年 アメリカ・フランス・カナダ)(上映時間1時間52分)
監督・脚本:シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ、エウヘニオ・デルベス、トロイ・コッツァー、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ダニエル・デュラント、エイミー・フォーサイス、マーリー・マトリン
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/coda/

 


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