映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「星の子」

「星の子」
2020年10月9日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時45分より鑑賞(スクリーン6/D-6)。

~宗教にハマった両親を持つ娘の心の揺れと成長を芦田愛菜が演じる

子役で人気が出た俳優がその後も活躍し続けるのは難しい。成長すれば容貌も変化するわけで、昔と同じイメージを保ち続けることは困難だろう。それでも新たな魅力を武器に、成長しても活躍する俳優が少なからずいる。はたして芦田愛菜はどうなのか。

「星の子」(2020年 日本)は、子役から成長した芦田愛菜が2014年公開の「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」以来の実写映画主演を果たした作品。今村夏子の同名小説を大森立嗣監督が映画化した。

映画の冒頭、一人の赤ん坊が映る。このドラマの主人公ちひろの生後間もない頃だ。彼女は病弱で、体に出た赤い湿疹のようなものが全く消えなかった。そんな中、父(永瀬正敏)は知り合いから「水が悪い」と言われ、宇宙のパワーが宿るという水を勧められる。それをつけると、ちひろの赤い湿疹は消えていった。

というわけで、序盤は、ちひろの出生をきっかけに両親が「怪しい宗教」にのめり込む様子を、コンパクトかつ簡潔に手際よく描く。

続いて、15年後、成長して中学3年生になったちひろ芦田愛菜)が登場する。一見、ごく普通の中学生活を送る彼女だが、常に例の水を持ち歩いており、両親の影響下で信仰を受け入れていることがわかる。だが、その一方で新任のイケメン教師・南(岡田将生)に恋をして、授業中にせっせと似顔絵を描き続ける。

そんな現在進行形のドラマの合間には、過去の出来事が挟まれる。それは、姉のまーちゃん(蒔田彩珠)とのエピソードだ。彼女は、ちひろが小学校5年の時に家を出たきりだった。だが、一晩だけ家に戻ってちひろと会話したことがある。それは恋愛や結婚などについての話だ。それを通して彼女が外の世界を知り、この家から旅立とうとしていることが印象付けられる。その姿は成長したちひろの行動に、影響を与えていることがうかがい知れる。

やがて、ちひろにも変化の時が訪れる。そのきっかけは、憧れの南先生に夜の公園で奇妙な儀式をする両親を見られてしまったことだ。社会から見て、自分たち家族が奇異な存在であることを実感したちひろ。それまで揺らぐことがなかった家族や宗教への思いが、グラグラと揺れ始める。

ちなみに、その儀式というのが頭に乗せたタオルに水をかけるというもの。しかも衣装は緑のジャージ。お前、それは河童だろう!とツッコミを入れたくなるが、そうしたユーモアも本作には盛り込まれている。

大森監督がこの映画を撮ると聞いて、怪しい宗教にハマる人間の弱さや、それに付け込む人間の嫌なところを「これでもか!」と突きつける映画を想像した。何しろ大森監督には、前作「MOTHER マザー」をはじめ、そうした作品がたくさんあるのだから。

だが、本作は違っていた。基本は瑞々しい青春ドラマだ。ちひろや周囲の生徒たちの姿を生き生きと描いていく。その中で、普通の中学生とは違うちひろの側面を、チラリチラリと見せていく。一面的ではない多面的な彼女の表情を描くのだ。

それはちひろだけではない。ちひろの両親も同様だ。信心から奇行に走り困窮する2人を明確に断罪するようなことはしない。2人が娘を心から愛していることも同時に描く。また、宗教団体の面々も完全な悪人としては描かれない。海路さん(高良健吾)、昇子さん(黒木華)というメンバーが元信者から訴えられたエピソードが登場するが、その真相がどこにあるかは明かされない。

両親をはじめ、親戚、同級生、南先生、宗教団体のメンバーたちなど、いずれもが自分が正しいと思った行動を取る。大森監督は、そのどれが正しいかを判断することなくそのまま描き出す。だから、ちひろの迷いがよりリアルなものに感じられるのである。

同時に、ひちろの心情の変化を切り取る大森監督の筆致は、過去作と同様に繊細だ。特にセリフ以外の表情や間などで、彼女の気持ちをあぶり出していくところが見事。アニメを使った心理描写なども面白かった。

それに応えて芦田愛菜も、ちひろの内面を繊細に表現していく。基本は純な笑顔が多いのだが、そこに違う色を漂わせる。今まで普通だと思っていたことが、普通でないかもしれないと感じ始めたちひろの心情がヒシヒシと伝わってきた。また、終盤には、ちひろが感情をストレートに吐き出す場面があるが、そこでの演技も圧巻だった。ひちろの思いが痛いほど伝わってくるシーンだった。

大詰めに描かれるのは、両親が進行する宗教団体による旅行での出来事。そこでちひろは両親と別行動になる。母はちひろを捜しているというが、ちひろがいくら捜しても母と会うことはできない。このすれ違いは何を意味するのか。彼女の新たな一歩への予兆なのか。

だが、ちひろの旅立ちが明確に描かれることはない。ラストショットでは星空の下、ちひろと父母がしっかりと寄り添う。そのまま絵画になりそうな美しさであるのと同時に、観客にその後のちひろがどうなるのか判断を委ねる。

それでも個人的には、ちひろが新たな道を進むように思われた。彼女は姉のまーちゃんとは違う形で、両親のもとを巣立ち、自分で考えて行動するようになるのではないか。本作は、ちひろの成長と自立への模索を描いたドラマなのだと思う。

大森監督のちひろを見つめる目は優しくて温かい。幅広いフィルモグラフィーを持つ大森監督だが、本作はそれらとはまた違った味わいを持った作品だと思う。成長した芦田愛菜の存在感もなかなかのもので、今後が楽しみだ。

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◆「星の子」
(2020年 日本)(上映時間1時間50分)
監督・脚本:大森立嗣
出演:芦田愛菜永瀬正敏原田知世岡田将生大友康平高良健吾黒木華蒔田彩珠、粟野咲莉、新音、池谷のぶえ池内万作宇野祥平、見上愛、赤澤巴菜乃、田村飛呂人、大谷麻衣
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://hoshi-no-ko.jp/