「エマ、愛の罠」
2020年10月7日(水)新宿シネマカリテにて。午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/A-10)。
~火炎放射器を背負う性の暴走女の本当の狙いは……
昔、バンドの練習帰りに渋谷を歩いていたら、オシャレなカフェで早見優が友達らしき女性とお茶を飲んでいた。テレビで見るのと同じように可愛かった。ただそれだけである。
そんな早見優もコメントを寄せているのが「エマ、愛の罠」(EMA)(2019年 チリ)という映画。第76回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品だ。
監督はチリのパブロ・ラライン。ピノチェト独裁政権反対派の活動を描いた「NO」、政治家で詩人のパブロ・ネルーダを描いた「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」、そしてナタリー・ポートマン主演の「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」などの作品で知られている。
とんでもないシーンから映画が始まる。街の中の何かが燃えている。あれはもしかして信号?そして現れる火炎放射器を背負った女。どうやら、本作のヒロインであるエマ(マリアーナ・ディ・ジローラモ)らしい。何だ?この変な出だし。
エマはダンサー。振付家で12歳年上の夫ガストン(ガエル・ガルシア・ベルナル)が率いるコンテンポラリーダンス集団に所属している。というわけで、本作にはダンスシーンがたくさん登場する。前半は前衛的なダンス集団のステージシーンを中心に、後半はダンス集団と決別したエマたちがストリートで踊るシーンを中心に。それらのダンスが、この映画に独特のタッチを付加していく。ちなみに、エマたちが踊るのはレゲトンと呼ばれるダンス。
エマとガストンは、移民の子のポロを養子に迎える。だが、ポロがある事件を起こしたことから、養子縁組を解消。エマはガストンからは「子どもを捨てた」と責められ、児童福祉局からも非難され、ダンスを教えていた小学校も追われる。そうした中で、ガストンとの仲が悪化し2人は別居。エマはダンス集団も辞めてしまう。
というような話は、明確に順序だてて説明されるわけではない。本作は説明がほとんどない。エマも徹頭徹尾無表情で何を考えているかわからない。それがミステリアスかつ不気味な雰囲気を生み出し、ドラマを霧の中に漂わせるのである。
その後の展開がスゴイ。家を出たエマは、出会った男女を次々と籠絡する。ガストンとの離婚の手続きを依頼した女性弁護士に接近し、関係を持ってしまう。そうかと思えば、火炎放射器で車に放火し(自分は被害者を装う)、現場に駆け付けた消防士を誘惑して関係を持つ。何なのだ?この女。子供を失った悲しい女?魔性の女?それともただの淫乱女?
エマは、金髪でスレンダーな体を持つ中性的な美女。見るからに妖しい魅力と底知れぬパワーを感じさせる。なるほど、これなら男も女もズルズルと引き込まれて、底なし沼にハマってしまうわいと納得。
だが、それにしてもなぜ彼女は暴走するのか。実は夫のガストンは性的不能だという。養子をもらったのも実子ができないためだった。とすると、これはそんな性への不満が爆発しての奔放な行動なのか。
しかし、ドラマが進むにつれて、どうやらそうでないらしいことがわかる。エマの行動には狙いがあることが明らかになる。それはいったいどんな狙いなのか……。
終盤、エマはある学校のダンス教師の職を志望し、持ち前の妖しい魅力で校長(女性)に取り入って職を得ることに成功する。
さらに、その前後に彼女の性生活はますます暴走していく。男女見境なく、彼女の周辺にいる人々と次々に関係を持っていくのだ。うーむ、何じゃ、こりゃ?しかし、それも含めてすさまじいパワーと怖さを感じずにはいられない。
そして、ついに彼女の計画の全貌が明らかにされる。それがポロに関係したことであるのは予想できたのだが、実際はそれを上回るビックリの計画だった。
それを知ったガストンの表情が印象深い。してやられたと苦笑しているのか、呆れているのか、恐れているのか。何にしても微妙な表情である。
ラストシーンは、ガソリンスタンドで油を購入しているエマの姿。おいおい、また火炎放射器をぶっ放すのかよ!?うーむ、何だか怖いッス。
あまりにも妖しくて、謎めいて、常識破りの作品である。ラライン監督の過去作は、「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」しか観ていないのだが、それとは全くタッチの違う映画だ。なぜにこんなに尖った、攻めまくった映画を撮ったのか?
いずれにしても、エマを演じた新人のマリアーナ・ディ・ジローラモありきの作品だろう。その目力といい、容姿といい、全身から発するオーラといい、まさにエマそのもの。常識や既成概念などお構いなしのスゴイ女。こんなヒロイン見たことないぞ!「モーターサイクル・ダイアリーズ」「バベル」などで日本でもおなじみの相手役のガエル・ガルシア・ベルナルと、一歩も引けを取らずに堂々と渡り合っている。
本作はそんなジローラモのための映画といってもいいかもしれない。おかげで、一歩間違えばドロドロの愛憎劇や復讐劇になりそうな話が、怪作と呼べるほどの破格の作品に仕上がっている。
ちなみに、早見優のコメントは以下の通り。
「パブロ・ララインの世界観にどんどん魅了される!
主役のエマはエネルギーに溢れ、中性的でワイルド。
彼女のはっきりとした生き様に虜になる。
自由で思いのまま生きるエマの美しさに触れたくなった。」
シネマカリテのトイレに貼ってあったので一瞬写真を撮ろうかと思ったが、トイレなのでさすがにね。
◆「エマ、愛の罠」(EMA)
(2019年 チリ)(上映時間1時間47分)
監督:パブロ・ラライン
出演:マリアーナ・ディ・ジローラモ、ガエル・ガルシア・ベルナル、サンティアゴ・カブレラ、パオラ・ジャンニーニ、クリスティアン・スアレス
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://synca.jp/ema/