映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「浅田家!」

「浅田家!」
2020年10月3日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン3/E-16)。

~前半は軽妙でユーモラス、後半はシリアスで情感たっぷりな家族ドラマ

家族のコスプレ写真を撮影して、有名な写真の賞を取ったカメラマンがいることは以前からニュース等を通じて知っていた。それが写真家の浅田政志。彼の実話をもとに「湯を沸かすほどの熱い愛」「長いお別れ」の中野量太監督が撮った映画が「浅田家!」(2019年 日本)だ。

この映画は二部構成になっている。前半は主人公の浅田政志(二宮和也)が、写真界の芥川賞といわれる木村伊兵衛写真賞を受賞するまでが描かれる。

三重県津市で暮らす浅田家は、父の章(平田満)、母の順子(風吹ジュン)、兄の幸宏(妻夫木聡)、そして政志の4人家族。序盤では政志が幼い頃のエピソードが描かれる。その中でも傑作なのが、章が包丁でケガをして血だらけになり、それを知らせに行った政志も転倒して血だらけになり、知らせを受けた幸宏も階段から転げ落ちて血だらけになり、順子が看護師として勤務する病院に3人揃って運ばれるエピソードだ。家族の絆を示すとともに、この一家が何とも風変わりな家族であることを印象付ける。

そんな家族は写真とも深い縁があった。写真好きの章は、息子たちが幼い頃から毎年の年賀状用に2人の写真を撮るのを恒例にしていた。父の影響を受けて政志もカメラを手に取るようになり、成長すると写真専門学校に進学する。

ところが、進学後の政志は2年半も家に戻らなかった。しかも、学校の方も卒業がおぼつかない。そしてある日、突然帰宅した政志は、身体にド派手な刺青を入れていたのである。

それでも卒業制作次第で卒業のチャンスがあると知った政志は、被写体に家族を選び、浅田家のかつての思い出のシーンを再現する写真を撮影。その作品で見事に学校長賞を受賞して卒業を果たすものの、それから約3年間、彼は仕事もせずに地元でパチスロ三昧の生活を送るのだ。

まあ、はっきり言って政志は無茶苦茶なやつである。モラトリアム人間といえば聞こえはいいが、相当にデタラメな人間だ。ただし、けっして悪人ではない。おまけに、彼は家族を心から愛している。他の家族もそれをよく理解している。だから、家族が崩壊するような事態には至らないのである。

彼を目覚めさせるのも家族だ。ひょんなことから、政志は家族がなりたかったものに扮したコスプレ写真を撮影することを思いつく。消防士、レーサー、ヤクザの姐御など様々な家族写真を撮影する政志。

政志はその写真を持って、東京で暮らす幼なじみの川上若奈(黒木華)の家に居候して、写真スタジオでバイトしながら写真の売り込みをする。だが、なかなか色よい返事は得られない。それでも、若奈が企画した個展をきっかけに、ついに出版社から写真集を出すことに成功する。さらに、その異色の写真集『浅田家』で木村伊兵衛写真賞を受賞するのだった。

というわけで、前半は軽妙で温もりに満ち、ユーモア満載の家族ドラマ。テンポもバツグンによい。家族を巡って問題が浮上しても、それが深刻な方向に流れることはない。ひたすら明るく楽しいドラマである。

実話がベースとはいえ、こんな家族はめったにいないだろう。何しろ家族のコスプレ写真を撮影する際に、家族たちは嫌がったり恥ずかしがるどころか、ノリノリで撮影に臨むのだ。まあ、ある種の理想の家族と言えるかもしれない。いずれにしても、中野監督の過去作と共通するタッチのドラマである。

だが、その後、タッチが一変する。政志は全国の家族写真の撮影を引き受ける。それぞれの家族ならではの写真を模索し撮影するようになる。そこでは、様々な家族愛がストレートに描かれる。

そして、東日本大震災が起きる。自分が撮影した東北の家族の安否が気になった政志は被災地を訪れる。そこで、津波で泥だらけになった写真を一真一枚洗って家族に返す写真洗浄ボランティアを知り、その活動を手伝い始める。その一方、あまりの被害の大きさに、自分ではカメラを手にすることができなくなってしまう。

ボランティア活動を通して、政志は様々な被災者に寄り添う。我が子を懸命に捜す父親や、行方が分からない父親に思いをはせる少女を通して、家族の絆や写真の持つ力を実感するようになる。その姿を素直に情感たっぷりに描き出す中野監督。前半と同じ映画とは思えないほどのタッチの変化だ。とはいえ、情感過多でべたべたなドラマにはならない。これもまた中野監督の過去作と共通した特徴だろう。

それでも終盤に進むにつれて、観客の涙腺を刺激する場面が増えていく。特に、政志が再びカメラを手にするあたりは、涙腺決壊必至の展開。ある家族の写真が心を揺さぶる。

そんな感動に包まれて終焉を迎えるかと思われたこの映画。実はラストに大きな仕掛けがある。この映画は、父の章が死去した場面から始まる。そこから過去の出来事を振り返って描くわけだが、最後の最後に章の死にまつわる秘密が明らかになる。ええ?マジですか!なるほどねぇ。いかにも浅田家らしいエンディング。おかげで観客は笑顔で映画館を後にできそうだ。

自然体の演技で政志の変化を演じた二宮和也をはじめ、妻夫木聡平田満風吹ジュン黒木華など主要キャストはいずれも安定感ある演技。さらに本作で特筆すべきは脇役の存在感だ。ボランティアの青年役の菅田将暉、同じくボランティアの女性役の渡辺真起子、娘を捜す父を演じた北村有起哉、豪快な大酒飲みの編集長を演じた池谷のぶえなど、脇役陣がいずれも素晴らしい。これだけのキャストが揃えば、そりゃあ良い映画になるのも当然でしょう。

前半は浅田家を描いた軽妙で温もりのある家族コメディー、後半は様々な被災者家族を描いたシリアスで情感たっぷりの人間ドラマ。まったくタイプの違う2つのパートを違和感なく両立させ、家族の愛と絆を充分に描き切った中野監督らしい映画。驚きこそないものの安定感は抜群。温もりあふれる作品に仕上がっている。

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◆「浅田家!」
(2019年 日本)(上映時間2時間7分)
監督:中野量太
出演:二宮和也妻夫木聡平田満風吹ジュン黒木華菅田将暉渡辺真起子北村有起哉野波麻帆池谷のぶえ、後藤由依良
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://asadake.jp/