映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「フェアウェル」

「フェアウェル」
2020年10月2日(金)池袋HUMAXシネマズにて。午前11時25分より鑑賞(シネマ2/F-9)

~帰郷した中国系アメリカ人の孫娘と祖母の交流。優しさと温もりに包まれる

気鋭の映画スタジオA24。2012年の設立以来、アカデミー作品賞を獲得した「ムーンライト」をはじめ「ルーム」「レディ・バード」など話題作を次々に送り出してきた。作品の幅は広いが、どれもキラリと光る作品ばかりだ。

そんなA24がまたしても良作を届けてくれた。2019年1月のサンダンス映画祭で行われたワールドプレミアで評判になり、名だたる映像会社と競ってA24が配給権を獲得したという「フェアウェル」(THE FAREWELL/別告訴她)(2019年 アメリカ・中国)である。2019年に全米4館のみで公開がスタートし、口コミで上映館数が拡大。公開3週目にはTOP10入りするという異例のヒットを遂げた。

映画の冒頭、「実際のウソに基づいて作られた」という主旨のテロップが流れる。この映画は、これが長編2作目となる新鋭ルル・ワン監督が自身と家族の体験を基に描いた作品だが、そこではある「ウソ」が大きなポイントになる。

ドラマは、ニューヨークに住むビリー(オークワフィナ)が、中国に住む祖母ナイナイ(チャオ・シュウチェン)と電話で会話するところから始まる。2人はとても仲が良いように見える。だが、幼い頃に家族とともにアメリカに渡ってきたビリーは、もう20年以上も祖母と会っていないのである。

そんな中、ビリーの両親はいとこの結婚式に出席するために中国へ行くという。しかし、それはあくまでも口実でしかなかった。実は、ナイナイがガンで余命3ヶ月と宣告されたため、彼女に会いに出かけるのである。

では、なぜビリーを連れて行かないのか。親戚一同は余命のことをナイナイに告げず、病のことを本人に悟られないようにしようとしていた。ビリーは感情がすぐに出てしまうから、連れて行かないというのだ。

こうして両親は中国に飛ぶ。ところが、その直後にビリーもいきなり中国に渡ってしまう。こうして祖母ナイナイを中心に、ビリーと両親をはじめ大勢の親戚が集まり、いとこの結婚式を迎えるまでの数日間が描かれる。

そこでは大きなぶつかり合いがある。ビリーはナイナイにちゃんと真実を伝えるべきだと訴える。それに対して周囲は反対する。中国では本人に余命を告げないのが常識だと医師までもが言う。一方、アメリカでは本人に余命を告げないのは犯罪だとする考え方が披露される。こうしてアメリカVS中国、西洋VS東洋の考え方の違いが顕著に表れる。

そんなモヤモヤを抱えつつ、ビリーはナイナイと交流する。電話ではよく話していたものの2人にとっては久々の対面。しかも、ビリーは心ならずも病気のことを隠して接しなければならないため、最初はなかなかスムーズにいかない。それでもビリーは笑顔を絶やさずに接する。両者は少しずつ打ち解けていく。

その中でも印象的なのが、早朝、ナイナイが「ハッ」と大きな声を出して体操(太極拳?)をするシーンだ。「体の中の毒素を出して新鮮な空気を吸い込むの。お前もやりなさい」というナイナイの言葉に、嫌々真似をするビリー。何ともほほえましくユーモラスな場面である。

この映画には、そんなユーモアがたくさん詰まっている。結婚式場で「カニ」を頼んだのか「ロブスター」を頼んだのかで、ナイナイが店の人と争うシーン。あるいは親族一同で夫の墓参に訪れた際に、ナイナイがしつこいくらいに礼を繰り返すシーンなどなど。死を間近に控えた人物が登場するドラマではあるが、暗さはあまり感じられない。

一方、ビリーの周囲ではまだまだ様々なことが起きる。中国とアメリカのどちらがいいかといった論争を親族同士が繰り広げる場面もある。中国に住む人々は、「中国にいればお金持ちになれる」と言い、アメリカに住むビリーの父親はお金だけが幸せではないと主張する。

また、親族が心の奥の思いを絞り出す場面もある。例えば、故郷を捨てた移住者の苦悩だ。ナイナイの2人の息子のうち、アメリカに移住したビリーの父親に加え、もう一人の息子は日本に住んでいる。結婚するいとこは彼の息子で、お嫁さんはアイコという日本人女性だ。2人の息子は、母を一人で中国に残していることに心の呵責を感じている。

ちなみに、日本人のアイコ役を演じていた水原碧衣は、中国で活躍する日本人女優。フィアンセとともに「竹田の子守唄」を歌うのが面白い。なぜに「竹田の子守唄」?

そうした様々な出来事を経て、いよいよビリーのいとこの結婚式が行われる。これがまあ、ものすごい式なのだ。伝統音楽からスタートして、感動的なスピーチ、ダンス大会、カラオケ大会、オペラ歌手による歌唱、酒飲みゲームなどお楽しみがテンコ盛り。そんなカオスのようなパーティーも、ビリーの心に何かしらの影響を与える。

結婚式の直後、真実がナイナイにバレそうになる。その時にビリーが取った態度が彼女の変化を象徴する。このまま中国に残ってナイナイの面倒を見たいと考えていたビリーが、最後に出した結論は……。

中国からの移民一家の帰郷を描いた本作だが、それを超えた普遍的なテーマが伝わってくる。家族、死、故郷といった誰にでもかかわりがあるテーマだ。多くの人が親や故郷から離れて暮らすようになる。そんな中で久しぶりに帰郷した時には、ビリーたちと同じような気持ちになるかもしれない。

そして、この映画はビリーの再出発のドラマでもある。ニューヨークでビリーは学芸員を志望するが、不採用となってしまう。お金もない。両親がそばにいるから、まだ何とかなっているものの、人生は迷走中だ。そんな彼女がルーツである中国で、死期の近い祖母と交流し、多くの親族と触れ合ううちに変化する。

そのビリーの心情を表現するのに、小鳥を登場させる仕掛けが心憎い。そして、ラストシーンではたくさんの鳥が羽ばたく。しかも、その前にはビリーがあることを行う。この構成も心憎いんだよなぁ~。

ビリーを演じたオークワフィナは、過去に「オーシャンズ8」「クレイジー・リッチ!」などに出演していたようだが、どこにでもいそうなナチュラルな外見がこの映画にはぴったりだった。何よりも中国語と英語のセリフが大量に飛び出す本作にあって、セリフ以外のところでも感情を繊細に表現する演技が絶品だった。

また、祖母ナイナイを演じたチャオ・シュウチェンの懐の深く、チャーミングな演技も特筆もの。特にナイナイがビリーに伝えた「人生は何を成し遂げたかではなく、そこまでの過程が大事だ」という言葉が秀逸。ビリーの背中をしっかり押す説得力のある言葉だ。

とりたてて奇をてらった演出はないものの、ナチュラルで温かな語り口が特徴的な本作。おかげで観ている途中から、じんわりと優しさと温もりに包まれているような気分になり、たまらなくなってしまった。ハートウォームなドラマはたくさんあるが、本作の味わいはまた格別。じんわりとした感動に浸りたい人にはぜひおすすめだ。

エンドロールの前にはある人物が登場して、驚きの事実が告げられる。それを見てまたまた温かな心持ちになってしまった。何だか宝物をもらったような気持で、映画館を後にしたのである。


映画『フェアウェル』10月2日(金)公開/本予告

◆「フェアウェル」(THE FAREWELL/別告訴她)
(2019年 アメリカ・中国)(上映時間1時間40分)
監督・脚本:ルル・ワン
出演:オークワフィナ、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン、水原碧衣、ルー・ホン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中
ホームページ http://farewell-movie.com/