映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「私のプリンス・エドワード」

「私のプリンス・エドワード」
2023年5月28日(日)新宿武蔵野館にて。午後3時より鑑賞(スクリーン1/B-11)

~お気楽ラブコメかと思いきや、女性の自立を描いた骨のあるドラマ

日曜の昼下がり。中途半端な時間の中、他に観る映画もなく選んだのが香港映画「私のプリンス・エドワード」。なに? 香港のラブコメ? どうせ大した映画じゃないんだろ? まあ、いいや、単なる時間つぶしだし。

というような、なめくさった態度で見始めたのだが……。

香港のプリンス・エドワード地区にあるショッピングモール・金都商場(ゴールデンプラザ)では、結婚式に必要なドレスや小物、写真撮影などを格安で揃えることができる。そこのウェディングショップで働くフォン(ステフィ・タン)は、ウェディングフォト専門店のオーナーを務める恋人エドワード(チュー・パクホン)と同棲している。

出だしは結婚をめぐるラブコメ調。フォンとエドワードのカップルを中心に、ウェディングショップに出入りする人々のあれやこれやで笑いを誘う。エドワードのマザコン男っぷりもユーモラスだ。

そしてこのカップル、常にエドワードが主導権をとろうとするのだ。フォンに対する束縛が半端ない。新居をどうするかをはじめ、結婚をめぐるあれこれも彼が仕切る。一応フォンを尊重するポーズをとりながら、最終的には自分が決めるのだ。

そろそろ結婚しろという周囲の声にも押されて、エドワードはフォンにド派手なプロポーズをする。だが、フォンは複雑な表情。エドワードに内緒でおかしな行動をとり始める。

実は、フォンは若気の過ちで10年前にお金のために、中国大陸の男性と書面だけの偽装結婚をしていたのだ。しかも、もうすでに離婚していたと思ったのに、婚姻は継続中であることが判明したのである。

フォンはエドワードにバレないようにしながら、偽装結婚の離婚手続きと結婚式の準備を同時に進めていく……。

ドラマの進行とともに、徐々にシリアスな色彩が濃くなる(もちろんユーモアは最後まで失われないが)。そもそもフォンが偽装結婚したのは、そういう需要があったからだ。相手の男は、香港への移住を目論んでおり、最終的には自由を求めてアメリカに行きたいという。

だが、それには様々な手続きが必要だ。エドワードの目を盗んで、フォンは男に協力する。もちろん男のビザ取得を実現させて、離婚をするためである。

だが、ついにフォンの隠し事がエドワードにバレる。エドワードは怒り心頭だ。その怒り方が大げさで、これもまたつい笑ってしまうのだが、とにもかくにも大騒ぎになる。

彼の頭の中には、フォンに対する疑念が渦巻き、それ以前から抱いていた身勝手さが露骨に現れるようになる。はたして、2人の仲はどうなるのか。

というわけで、よくあるラブコメの定型に沿うかと思わせて、その実は「結婚」をテーマにしたシリアスなドラマである。男性優位社会や保守的な家族観に従わされていた女性が、過去の過ちを消そうとする過程で、新たな気づきを得る。

そこでは、中国から香港への移住を夢見る男を通して、中国本土の様々な問題にも焦点を当てる。男は自由を求めて香港へ、そしてアメリカへと羽ばたこうとする。その事実はとりもなおさず、中国本土の不自由さを際立たせている。

2019年の映画だが、はたして今の香港でこういう表現が許されるのか、と心配になってしまう。とはいえ、直接的表現を避けて社会批判をするのは、中国映画でもよく見られる手法だからこういう表現はOKか。

いずれにしても、自由を求める男の存在はフォンを刺激する。彼女もまた束縛の激しい恋人や過干渉な彼の母親に苦しめられているのだから。

終盤、エドワードの母はフォンが大切にしていた亀を捨てる。それをきっかけに、彼女はある決断をする。ラストは、フォンが惑いの末に、ついに自由を勝ち取ったことを高らかに宣言して終わる。

監督のノリス・ウォンの柔軟な発想が素晴らしい。エンタメ映画の肝を抑えつつ、社会派の要素も取り入れ、女性の自立への道を力強く描く。これからの香港映画を背負う人材になるかもしれない。

主演のステフィ・タンはアイドル出身らしいが、コメディとシリアスのバランスが難しいこの役を見事に演じている。香港アカデミー賞において主演女優賞候補になったのも納得。

単なるラブコメと見せかけて、実は結婚と女性の自立の問題を描いた骨のあるドラマ。そこに中国本土と香港の社会問題も織り交ぜるという予想外の展開。いやぁ、全くのノーマーク。完全になめていました。こんなに良い映画だったとは……。恐れ入りました!

◆「私のプリンス・エドワード」(金都/MY PRINCE EDWARD)
(2019年 香港)(上映時間1時間33分)
監督:ノリス・ウォン
出演:ステフィ・タン、チュー・パクホン、パウ・ヘイチン、ジン・カイジエ、イーマン・ラム、サム・カーキ
新宿武蔵野館にて公開(6月1日まで)
ホームページ https://enro.myprince.lespros.co.jp/

 


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