映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「緑の夜」

「緑の夜」
2024年1月19日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町にて。午後2時25分より鑑賞(スクリーン1/E-12

~男の支配から逃れて自由を得るための女たちの連帯と反乱

「X-MEN:フューチャー&パスト ローグ・エディション」などハリウッド作品でも活躍する中国を代表する俳優のファン・ビンビン。だが、中国共産党に脱税を追及されスキャンダルの渦中に叩き落された。今の中国で脱税なんぞ珍しくもないだろうに摘発されたのは、有名人をスケープゴートにすることで一罰百戒の効果を狙ったのではないか。

そのファン・ビンビン。一時は消息不明ともいわれた彼女の復帰第一作となったのが、香港映画「緑の夜」。香港映画ではあるが、舞台は韓国。俳優も韓国人がほとんどだ。

苦難に満ちた過去から逃れるために中国から韓国に渡り、仁川の国際旅客船ターミナルの保安検査場で働くジン・シャ(ファン・ビンビン)。彼女はある日、仕事中に緑色の髪をした謎めいた女(イ・ジュヨン)と出会う。出国審査の際の女の不自然な態度に不審感を持つが上司は取り合わない。やがて女の半ば強引な言いがかりで、ジン・シャは危険な闇の世界に足を踏み入れていく……。

いわば、女性2人の過酷な逃走劇を描いた犯罪映画である。何から逃げるのか。それは理不尽な男たちの支配からだ。2人はどちらも男たちに支配されていた。ジン・シャは、配偶者ビザ目当てで結婚したが、夫とは不仲で手ひどいDVを受けていた。もしも夫と別れるなら、永住権を得るために3500万ウォンの金が必要だった。

一方、緑の髪の女は、実は麻薬の運び屋で、彼氏をはじめギャング団の男どもに支配され、彼らの命じるままに動いていた。幼い頃にも父親から、「言うことを聞かなければ不幸なまま」と抑圧的な教育を受けてきたらしい。

そんな2人が出会い、次第に惹かれあって、男たちの支配に反旗を翻し自由になるための闘争を繰り広げるのだ。

彼女たちを決定的な行為に走らせるのは、男たちの「許してやる」という言葉だ。それは明らかに彼らが女を支配し、その手の上で行動させることを意味する。だから、2人はその言葉に反応してしまう。

ハン・シュアイ監督の意図は明確だ。男女同権が当たり前のようになり、いかにも女性が自由になったかのような今の時代だが、それでも逃れられない男たちの支配を受けている女性がいる。彼女たちの自由への戦いを本作の2人に託している。

2人、あるいはジン・シャ1人で、バイクを疾走させるシーンが何度も出てくるが、それは彼女たちがひたすら自由を希求する姿を象徴している。

だが、それは危険な行為だった。最初は麻薬を自分たちでさばこうとするが、なかなかうまくいかない。その過程で、家を出ていたジン・シャが夫に連れ戻されたことから、とんでもない事態を招くことになる。

本作は全編が手持ちカメラの映像で描かれる。それが不穏で、謎めいて、緊張感に満ちた世界を生み出す。しかも、どのショットも美しい。撮影監督は、ベルギー出身のマティアス・デルヴォー(彼がコロナ感染したため追加撮影はイ・チャンドン監督の「ポエトリー~アグネスの詩」などのキム・ヒョンソクが担当)。

2人の出会いのシーンからして鮮烈だ。出国のための保安検査場。緑の髪の女を見た瞬間から、心がざわつくジン・シャ。ボディチェックをする際も、彼女の妖しい魅力に気が気ではない。緑の髪。胸には緑の花火の入れ墨。揺らぐ映像がジン・シャの心の揺れを表現する。

色彩も鮮やかだ。昼と夜を違うタッチの色彩で描き分ける。なかでも2人が訪れたボウリング場のシーンは、幻惑的で目がくらくらしてきた。

同性愛的な描写もあるが、あまりにも映像が美しいからイヤラシイ感じはしない。ボウリング場のトイレで、2人がお互いの足を踏むシーンも何やら魅惑的。

女性2人が出会って危険な世界に飛び込むといえば、リドリー・スコット監督の「テルマ&ルイーズ」を思い起こす。しかし、あちらが2人の女性が自由と解放に向かって突き進むのに対して、本作の2人は迷走を重ねる。男たちをバッタバッタとなぎ倒すどころか、彼女たちが犯した1つの犯罪をめぐって堂々巡りを繰り返す。

彼女たちが警察や犯罪組織に直接的に狙われる場面は出てこない。それでも、2人は不安と恐怖を抱えてもがく。それはあたかも、男たちが彼女たちを泳がせているようでもある。ここでもまた、男たちの支配のあり様が見て取れるのだ。

終盤、事態は予想もしない方向へ向かう。またしても「許してやる」の言葉がクローズアップされ、ジン・シャは激しい行動に出る。

その果てに、彼女は子犬を抱いて夜の街をバイクで疾走する。そしてつぶやく。「怖くない、もう恐れない」と。それは、自分で自分の道を選んだジン・シャを象徴する印象的なエンディングだった。

ジン・シャを演じたファン・ビンビンは、やっぱり美しい。そして、弱さと強さの同居した見事な演技だった。ラストシーンでのつぶやきは、彼女自身の心の叫びだったのかもしれない。彼女がスクリーンに帰ってきてくれたことを素直に祝福したい。

緑の髪の女を演じたイ・ジュヨンは、テレビドラマ「梨泰院クラス」でブレイクし、「野球少女」「ベイビー・ブローカー」などでおなじみだが、こちらも本当に役作りがうまい。今回は、蓮っ葉で小悪魔的な女性を巧みに演じていた。あれなら誰でも惹かれてしまう。

女たちの連帯、そして男たちへの反乱と自由への旅を描いた作品。2人の背景説明などがやや中途半端でわかりにくかったりもするが、それを上回る作り手たちの強い思いが伝わってきた。受けた衝撃は大きかった。

◆「緑の夜」(緑夜/GREEN NIGHT)
(2023年 香港)(上映時間1時間32分)
監督・脚本:ハン・シュアイ
出演:ファン・ビンビンイ・ジュヨン、キム・ヨンホ、キム・ミングィ
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中
ホームページ https://midorinoyoru.com/

 


www.youtube.com

にほんブログ村に参加しています。よろしかったらクリックを。

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

はてなブログの映画グループに参加しています。こちらもよろしかったらクリックを。