映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「葬送のカーネーション」

「葬送のカーネーション
2024年1月17日(水)ヒューマントラストシネマ有楽町にて。午後6時40分(シアター2/D-6)

~妻の棺を運ぶ老人と孫娘のロードムービー。淡々とした中に深遠なテーマも横たわる

ロードムービーといえば主人公たちが旅をするドラマ。その旅の形は様々だ。トルコの新鋭ベキル・ビュルビュル監督の長編2作目「葬送のカーネーション」は、かなり変わったロードムーピー。おじいさんと孫娘が棺桶を引いて旅をするのである。

荒涼とした冬のトルコ南東部。年老いた男性ムサ(デミル・パルスジャン)は、亡き妻との約束を果たすべく、孫娘ハリメ(シャム・セリフ・ゼイダン)とともに妻の棺を運んでいた。彼女の遺体を故郷の地に埋葬するため国境を目指していたのだ。ムサは戦争で国を追われた難民だった……。

この映画は寓話的なロードムービーだ。けっしてリアルに徹しているわけではない。ムサの夢の中と思しきシーンなど、ファンタジーめいたショットも挟まれる。リアルとファンタジーが交錯する映画なのだ。

映像が鮮烈な映画だ。棺桶を引きずったムサとハリメが荒野を歩くロングショットが、何とも幻想的で美しい。

ムサは難民でトルコ語が話せない(シリア人らしい)。ハリメがそれをトルコ語に訳す。だが2人が口を開くことはめったにない。その代わり周辺の人物たちが、ひたすらしゃべる。その内容は、キノコの調理法や村長のこと、借金を巡る話など、どうでもいいような話だ。棺の中の遺体がムサの妻であることや、ハリメの両親が亡くなっていることなども、周囲の人々の話を通して伝わってくる。

全体のタッチは淡々としているが、そこはかとないユーモアも感じられる。ムサが、ハリメのおもちゃから外した車輪を棺に取り付けてゴロゴロと転がしてゆくシーンなど、つい笑ってしまうシーンがいくつかある。

また、ハリメは絵を描くのが好きで、スケッチブックに様々な絵を描くが、そこには彼女が体験したらしい戦火の絵も見られる。

2人の旅はヒッチハイクだ。車やトラクターに乗せてもらい棺を運ぶ。その間に2人は様々な人々と出会う。口がきけないらしい羊飼いは2人にお菓子とお茶を振る舞い、ある村の大工はボロボロになった棺桶の代わりに、丈夫な段ボールを用意してくれる。

その段ボールを運んでくれたおばさんドライバーは、何かと2人に同情し、歯が痛いというムサにはクローブをあげる。そしてハリメにはお菓子をあげる。その時に糖尿病でお菓子を禁止されているおばさんの夫に、ハリメがこっそりお菓子を分けてあげるシーンが笑える。

周囲の人々のほとんどは善人ばかりだ。国境近くまで2人を乗せてくれたトラックの運転手も、不愛想だが悪人というわけではない。

そうした人々との出会いの中から、神の啓示のような言葉が浮上してくる。おばさんドライバーは「大地に埋めたリンゴの種は、腐らずに来世で大きな木となる」と、平易に死生観を語る。トラックのカーラジオからは、「人間は生まれてこない方がいい。人生は無意味で混乱している」といった無常な人生観が流れてくる。

そういう深さも持ち合わせた映画なのだ。ベキル・ビュルビュル監督は、イスラム神秘主義の思想に触発されて本作を撮ったそうだが、こうした部分にそれが現れているのかもしれない。

旅の果てに、ムサにとっては不本意な出来事が起きる。彼はそれでも戦火の故郷を目指す。ハリメと別れてでも……。

ラストの祝祭シーンは、まるでフェリーニの映画のよう。ここも幻想的で心を揺さぶるエンディンクだった。

ムサを演じたのは、トルコの映画・舞台・テレビドラマで活躍するデミル・パルスジャン。圧倒的な存在感だった。ハリメ役は、シリア出身で戦火を逃れてトルコに移住してきた新人シャム・セリフ・ゼイダン。ほとんどセリフがないのに、これだけ雄弁に感情表現するのだから見事。

風変わりなロードムービーだ。けっしてわかりやすい映画ではないが、美しい映像や深遠な言辞など見応えがある。

◆「葬送のカーネーション」(BIR TUTAM KARANFIL/CLOVES & CARNATIONS)
(2022年 トルコ・ベルギー)(上映時間1時間43分)
監督:ベキル・ビュルビュル
出演:シャム・セリフ・ゼイダン、デミル・パルスジャン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://cloves-carnations.com/

 


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