映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「生きる LIVING」

「生きる LIVING」
2023年4月6日(木)TOHOシネマズ 池袋にて。午後1時20分より鑑賞(スクリーン5/D-9)

黒澤明の名作のリメイクは上質で品格あるイギリス映画

黒澤明の名作「生きる」を観たのはいつ頃だろうか。記憶が定かではない。いや、まさか観ていない? あまりにも有名な映画なので観た気になっていた? うーむ、そんなことはないはずなのだが……。

まあとにかく、その「生きる」がイギリスを舞台にしたドラマにリメイクされた。脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロ。監督は日本ではあまり知られていないが、国際映画祭では常連の南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス。

1953年のイギリス、ロンドン。役所の市民課の課長ウィリアムズ(ビル・ナイ)は仕事一筋。淡々と事務処理をこなすだけの毎日に虚しさを感じるようになっていた。そんなある日、ウィリアムズはガンで余命半年と宣告されてしまう。人生の意味を問い直した彼は、やがて地域の女性たちからのある陳情と真剣に向き合おうとする……。

冒頭は、役所の市民課の新人ピーター(アレックス・シャープ)が通勤列車に乗るシーン。そこには一緒に通勤する同僚たちもいる。隣の駅からは課長のウィリアムズも乗車してくる。ウィリアムズは謹厳実直で、同僚たちからやや煙たがられているらしい。

とはいえ、彼らは淡々と事務処理をこなすだけで問題を先送りにする点は共通していた。ピーターは、広場の排水を改善して欲しいという陳情を持ってきた女性たちの案内を命じられるが、役所の中をたらい回しにされた挙句市民課に戻り、結局書類は保留の棚に放置されてしまう。

そんな中、ウィリアムズはガンで余命宣告を受けてしまう。決まりきった毎日に飽き飽きしていた彼は、死を前にして何をすべきか悩む。偶然知り合った劇作家と一緒に仕事をサボり、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするが満たされない。

その後、ロンドンへ戻った彼は、転職が決まった部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と再会し、バイタリティにあふれる彼女と過ごすうちに、自分も新しい一歩を踏み出すべきだと考える。そこで目をつけたのが、例の陳情に来た女性たちだった。

この映画の基本となるストーリーやエピソード、構成は黒澤版をほぼ踏襲しているようだ。「人生の意味」を問い直すテーマ性も同じ。しかし、それでもあちこちに新たな面を押し出している。

若い公務員のピーターの心情をすくいとっているのがその1つ。役所の仕事に対する彼の違和感が、後半で大きな意味を持ってくる。

ウィリアムズと息子夫婦の関係も比較的じっくりと描かれている。息子の嫁はウィリアムズに不満がある。それに対して、ウィリアムズと息子は互いに相手を気遣う余り、言いたいことを言うこともできない。親子のすれ違いが浮き彫りになる。

そして、何よりも大きな特徴は官僚主義を批判しているところだろう。後半、映画は突如として時間を飛ばして、ウィリアムズの死後のドラマに移る。そこから彼の生前を回顧する。葬儀の帰りの列車の中で、役所の部下たちがウィリアムズを偲び、彼の遺志を継いでもう二度とお役所仕事はしないと誓う。だが、その後の展開は……。

改革すべきだと思っても、実際にはなかなかそれを実行できない。そんな役人気質や官僚主義の根強さを観客に突きつけるエピソードである。しかも、これが1950年代の出来事だというのが何とも絶望的な気分になる。

それでも、ラストにはウィリアムズが死を前にして、精魂傾けたある場所にピーターを向かわる。そこで通りかかった警察官との会話を通して、ウィリアムズの行為を肯定し、ピーターのような若者がきっとその遺志を継ぐであろうことを予感させるのだ。

もちろん、そこには、人生を充実させるのは自分次第なのだというメッセージも込められている。ウィリアムズは死を前にしてゾンビとあだ名されていた自らを変え、自分のやるべき仕事をして、人生を充実させたのである。

主演のウィリアムズを演じた名優ビル・ナイの抑えた演技が見事だ。表面的には英国紳士然として、それほど変化が見えないのだが、その心のうちのやるせない思いや孤独が、じわじわとしみいるように伝わってくる。

黒澤版では、主演の志村喬がブランコに乗って「ゴンドラの唄」を歌うが、本作ではビル・ナイスコットランド民謡の「ナナカマドの木」を歌う。これがまたいい歌なんだなぁ~。ビル・ナイは「ラブ・アクチュアリー」などでも歌声を披露していたが、本当に味のある歌で胸にしみわたる。

名作のリメイクといえば失敗作も多いが、本作に関しては実によくできたリメイクといえるだろう。穏やかな筆致のカズオ・イシグロの脚本といい、遠近をうまく使った映像といい、ビル・ナイの演技といいどれも一級品。1950年代の街並みや衣装も素晴らしく、日本映画のリメイクというよりは、上質で品格あるイギリス映画という感じがした。

この機会に黒澤版もちゃんと観直してみようかな……。

◆「生きる LIVING」(LIVING)
(2022年 イギリス)(上映時間1時間43分)
監督:オリヴァー・ハーマナス
出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク、エイドリアン・ローリンズ、ヒューバート・バートン、オリヴァー・クリス、マイケル・コクラン、ゾーイ・ボイル、リア・ウィリアムズ
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://ikiru-living-movie.jp/

 


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