映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイ・ブックショップ」

「マイ・ブックショップ」
シネスイッチ銀座にて。2019年3月16日(土)午後12時25分より鑑賞(シネスイッチ1/D-7)。

~書店を開く女性の闘いを温かく、しなやかに描く

読書は嫌いではない。いや、むしろ好きである。だが、残念ながら本を読むスピードが遅い。7~8年前に目の病気をしてからは、ますます遅くなった気がする。いわゆる速読術のようなもので次々に読破していく人を見ると、うらやましくて仕方がない。

ブッカー賞受賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの小説を「死ぬまでにしたい10のこと」「しあわせへのまわり道」のイザベル・コイシェ監督が映画化した「マイ・ブックショップ」(THE BOOKSHOP)(2017年 スペイン・イギリス・ドイツ)は、本や書店とかかわりが深い映画だ。誰でも楽しめる作品になっているが、本や読書が好きな人ならなおさら楽しめることだろう。

1959年、イギリスの海辺の小さな町。そこに住むフローレンス(エミリー・モーティマー)は、16年前に夫を戦争で亡くしていた。亡き夫とは書店員同士として知り合い、いつも身近に本がある生活を送っていた。

そんな夫との思い出を抱いて、フローレンスは本屋が1軒もないこの町で書店を開こうとする。5年間空き家のままだった古い建物を購入し、そこを書店兼自宅にするつもりだった。だが、最初から雲行きが怪しい。

まず銀行が彼女に資金を貸すことを拒む。町の人々も「この街に本を読む人などいない」と言って、どこか冷たい態度をとる。その背景には、女性のビジネスがまだ一般的ではなかった当時の時代性と、保守的な土地柄があるのだろう。

なかでも彼女の前に立ちはだかるのが、町の有力者ガマート夫人(パトリシア・クラークソン)だ。フローレンスが買った建物を「私も買おうと思っていた」「そこに芸術センターを開くのだ」と主張する彼女は、フローレンスの計画を潰そうとする。それでもフローレンスは何とか開店にこぎつける。

こうしてフローレンスとガマート夫人の対立を軸に、数々の困難にも負けずに書店経営に挑むフローレンスの姿が描かれる。いわば彼女の闘いのドラマである。

ただし、とげとげしい雰囲気はない。ガマート夫人をはじめ町の人々は、表面的にはフローレンスに理解のあるような態度を示す(だからこそ、逆に怖いともいえるわけだが)。ノスタルジックで温かさを感じる音楽、そして海辺の町の美しい風景の数々もあって、穏やかで優しい空気が流れる。このあたり、いかにも「死ぬまでにしたい10のこと」のコイシェ監督らしいタッチだと思う。

フローレンスを演じるエミリー・モーティマーの自然体の演技も印象深い。穏やかで、しなやかで、はにかんだような笑顔が印象的。それでいて、不当な圧力には絶対に屈しない強さも持ち合わせている。実に魅力的な女性だ。

そこはかとないユーモアもある。何といっても効果的なのが、学校の放課後や土曜日にバイトに来るクリスティーン(オナー・ニーフシー)という少女の存在だ。妙に大人びた口が達者な女の子で「読書は嫌い」と公言する。彼女とクリスティーンのやりとりは、まるで漫才のようで自然に笑ってしまうのである。

そして忘れてはいけないもう1人の人物がいる。40年に渡って邸宅に引きこもっているという老紳士ブランディッシュ氏(ビル・ナイ)だ。町で数少ない読書家の彼は、フローレンスに本を送らせる。彼女が選んだのはレイ・ブラッドベリの「華氏451度」。ブランディッシュ氏は、その本をすっかり気に入る。やがてフローレンスはナボコフの「ロリータ」を手に入れる。問題作として知られるこの本を、自分の書店に置くべきかどうか。彼女はブランディッシュ氏に問う。

フローレンスがブランディッシュ氏に招かれて、彼の邸宅を訪れるシーンが素晴らしい。読書愛が2人の絆を強める様子を微笑ましく見せていく。長い間、凍りついていたブランディッシュ氏の心が少しずつ溶け出し、ぎこちないながらもフローレンスと会話を続け、彼女に恋心にも似た親愛の情を感じ始める。何しろ演じているのが名優のビル・ナイだ。その表情やしぐさがブランディッシュ氏の心の内をリアルに表現する。

ブランディッシュ氏のサポートもあって、フローレンスの店はそれなりに繁盛する。だが、それとともにガマート夫人の嫌がらせもエスカレートする。あの手この手で書店経営の妨害工作を行う。

それでもフローレンスは必死で店を続けようとする。ブランディッシュ氏も、邸宅を飛び出して店の存続のために動こうとする。だが、ついにフローレンスは大変な状況に追い込まれる。

終盤は、かわいそうなフローレンスVS悪辣なガマート夫人というわかりやすい構図になる。そのため観客は、やきもきしながらスクリーンを見つめることになる。はたして、このままフローレンスは悲劇のヒロインになってしまうのか。何とか彼女を救う方法はないものか。

そこで用意されるのが意表を突いたラストである。実は、この映画には第三者目線のナレーションが随時挟まれる。このナレーションを担当するのは、ジュリー・クリスティフランソワ・トリュフォーが映画化した「華氏451度」の主演女優だ。コイシェ監督は、トリュフォー作品へのオマージュとして彼女を起用したという。

それはともかく、いったいこのナレーションは誰のものなのか。それがラストに明らかになる。そして、その人物が取ったささやかな抵抗が、観客をちょっぴりホッとさせる。同時に、このドラマが単なる過去のドラマではなく、今の時代とつながっていることも示す。何とも心憎い仕掛けである。おかげで深い余韻を残してくれた。

小品ではあるものの、心にじんわりと染みる作品である。主人公の生き様からきっと勇気をもらえるはずだ。

 

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◆「マイ・ブックショップ」(THE BOOKSHOP)
(2017年 スペイン・イギリス・ドイツ)(上映時間1時間52分)
監督・脚本:イザベル・コイシェ
出演:エミリー・モーティマービル・ナイパトリシア・クラークソン
シネスイッチ銀座ほかにて公開中
ホームページ http://mybookshop.jp/