映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ROMA/ローマ」

「ROMA/ローマ」
イオンシネマ板橋にて。2019年3月11日(月)午前9時25分より鑑賞(スクリーン1/F-8)。

~人間の強さと弱さが伝わるキュアロン監督の自伝的要素を持つ作品

ゼロ・グラビティ」でアカデミー監督賞に輝いたアルフォンソ・キュアロン監督の新作「ROMA/ローマ」(ROMA)(2018年 メキシコ)。2018年の第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で、最高賞にあたる金獅子賞を受賞。今年の第91回アカデミー賞でも作品賞を含む同年度最多タイの10部門でノミネートされ、外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞した。

この映画は一般的な劇場公開作品ではない。Netflixで世界配信された作品だ。そのため、アカデミー賞にはふさわしくないという声も上がった。とはいえ、アメリカでは小規模ながら劇場公開されたようで、「日本でも上映してくれないかなぁ。オレ、Netflixに入ってないから観られないんだよなぁ」と思っていたら、全国のイオンシネマで特別に上映されるというニュースが……。

幸いなことに、自宅から電車を乗り継げば2駅のところにイオンシネマがあるので、さっそく観てきたのである。

この映画には、キュアロン監督の自伝的な要素がある。時代は1970年代前半。メキシコの首都メキシコシティにあるローマ地区(タイトルはそこからきたものなのだろう)に住む中流家庭が舞台だ。家族は医者の夫アントニオと妻ソフィア、そして彼らの4人の子供たちと祖母。彼らは2人の家政婦を雇っていた。

中流家庭で2人も家政婦を雇っているのは驚きだが、それはともかく、そのうちの一人である若い家政婦クレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)が、この物語の主人公だ。彼女は、子供たちの世話や家事に追われる日々を送っていた。それでも、子供たちは彼女によくなつき、ソフィアも比較的やさしく接してくれているから、穏やかな日々と言ってもいいだろう。

ちなみに、キュアロン監督は1961年生まれだから、子供たちのうちの1人に自身を投影させているに違いない。

映画は、そんなクレオや雇い主一家の日常を淡々と描く。特徴的なのはその映像だ。キュアロン監督自身が撮影も担当しているのだが、全編モノクロ、そして長回しの映像を多用する。それが実に美しく、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。同時にドキュメンタリー的でもあり、登場人物の心情がリアルに伝わってくる。

心理描写の巧みさには何度も唸らされたが、中でもアントニオが車を止める場面が秀逸だ。家の中の狭い中庭のようなところに車を入れるのだが、ギリギリの幅しかないからなかなかうまくいかない。その時のアントニオの苛立ちを、彼の表情を映すことなく、動作だけであぶり出す。そこから見て取れるのは、どうやら彼は車の駐車だけにイラついているのではないということだ。

まもなく、アントニオの苛立ちの原因が夫婦仲にもあることが見えてくる。彼はまもなく長期の海外出張へ旅立つ。それは研究を理由にしたものだったが、実際はそうではないことが明らかになる。そんなアントニオの行動を受けて、千々に心が乱れるソフィアの心理も、これまた巧みに描写されている。

一方、クレオにも大きな変化が訪れる。彼女は、同僚家政婦の恋人の従兄弟である青年フェルミンと恋に落ちる。「武道が人生を救ってくれた」と語って、クレオの前で素っ裸で棒を振り回すような変な奴だ(この時、彼の股間がバッチリ映っているのが、この映画がR-15指定である理由なのだろう)。

そしてクレオは妊娠する。すると、それを知ったフェルミンは姿を消す。コイツ、ただの変な奴ではなく、とんでもない奴だったのだ。

クレオはこのことをソフィアに相談する。怒ったソフィアは彼女をクビにし、そこからさらに悲惨な運命が……な~んて昼ドラみたいなことにはならない。詳しくは伏せるが、クレアもソフィアも男に逃げられた同士なのだ。それを踏まえて、彼女たちのたくましい生き様が描かれるのである。

さすがにキュアロン監督自身の幼少時の体験がベースにあるだけに、ディテールもよく描かれている。猥雑な街の様子、当時の映画や音楽などもドラマに独特の情趣を生み出している。新年を迎えるどんちゃん騒ぎや森で起きた火事なども、実際に体験したものなのだろう。亡くなった飼い犬の首を壁に飾る(鹿みたいに)ちょっと気色の悪い習慣なども、事実なのかもしれない。

この映画の時代には、メキシコ社会は大いに混乱していたらしい。最初のうち、それはチラリと会話などに登場するのみなのだが、後半になるとドラマの展開自体と大きくかかわってくる。学生デモと銃撃戦が登場し、その混乱の中でクレオたちにも衝撃的な出来事が起きるのだ。その出来事を赤裸々かつリアルに描いたシーンも印象深い。

さらにラスト近くの家族旅行での海辺でのある出来事にも、心を揺さぶられた。そこでのクレオのストレートな心情の吐露がググっと胸に迫ってくる。女たちは傷つきながらも、それでも前を向いていくのである。

人生のほろ苦さと温かさ、そして女性のたくましさが伝わってくる映画だった。キュアロン監督自身の極私的なところから出発した映画には違いないが、そこから普遍的な人間ドラマに昇華している。

それにしても、クレアを演じたヤリッツァ・アパリシオの演技が素晴らしい。セリフはけっして多くないのに、彼女の揺れ動く心情がリアルに伝わってきた。受賞こそ逃したものの、アカデミー主演女優賞にノミネートされたのも納得の演技だった。いったい、どんなキャリアの女優かと思ったら、もともと幼稚園の先生で演技経験ゼロだったとか。それも妊娠した姉に代わってオーディションを受けたというからビックリ。世の中、何があるかわからんものですなぁ~。

何にしても、こんなに素晴らしい作品を劇場で鑑賞できて、よかった、よかった。イオンシネマさんに感謝!!

 

*何せ急遽劇場公開になったためチラシ等はナシ。その代わり、イオンシネマに敬意を表してイオンシネマ板橋のある建物の写真など載せてみました。

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◆「ROMA/ローマ」(ROMA)
(2018年 メキシコ)(上映時間2時間15分)
監督・脚本・撮影:アルフォンソ・キュアロン
出演:ヤリッツァ・アパリシオ、マリーナ・デ・タビラ、マルコ・グラフ、ダニエラ・デメサ、カルロス・ペラルタ、ディエゴ・コルティナ・アウトレイ
イオンシネマにて公開中。Netflixにて配信中
ホームページ(Netflixのサイト) https://www.netflix.com/jp/title/80240715