「たちあがる女」
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2019年3月10日(日)午後2時30分より鑑賞(スクリーン1/F-7)。
~シニカルでユーモラスなアイスランドの環境活動家の女性の闘い
数年前の東京国際映画祭で、アイスランドのベネディクト・エルリングソン監督の長編デビュー作「馬々と人間たち」を観た時には驚いた。アイスランドの田舎町を舞台に、馬と人間を巡る悲喜こもごもの物語が綴られるのだが、一筋縄ではいかない個性派の作品。のどかで美しいアイスランドの風景とぶっ飛んだ描写、そしてシニカルな笑いが入り混じって、他にはないユニークな魅力を放っていた。
そのエルリングソン監督の長編第二作「たちあがる女」(WOMAN AT WAR)(2018年 アイスランド・フランス・ウクライナ)が公開になった。今回も、一筋縄でいかない変わった映画だ。
基本はアイスランドの田舎町を舞台にした1人の女性をめぐる人間ドラマだ。冒頭に、ハットラ(ハルドラ・ゲイルハルズドッティル)というその女性が意外な形で登場する。弓を引いて送電線をめがけて矢を放つ。そして、電線をショートさせて、地元のアルミニウム工場の操業を妨害するのだ。彼女は、何度もこうした行為を繰り返していた。
ヘリコプターの追跡を逃れ、地元の中年牧場主の助けもあって無事に帰還したハットラは、またしても意外な姿で現れる。セミプロ合唱団の明るく朗らかな講師だ。彼女はこうして表の顔で活動する傍ら、人々から「山女」と呼ばれる謎の環境活動家という裏の顔を持っていたのだ。警察は山女の逮捕に躍起になっていたが、その正体を突き止められずにいた。
そんな中、ハットラのもとにある報せが届く。4年前に提出していた養子を迎える申請がついに受け入れられたのだ。養子の候補は、ウクライナ紛争で両親を亡くし、祖母も亡くした4歳のニーカという少女だという……。
さて、この映画の何が変わっているのか。最も変わっているのは、音楽の演奏者がそのままスクリーンに登場することだ。この映画の全編にはユニークな音楽が鳴り響いている。その劇伴の演奏者であるブラスバントやピアニスト、ウクライナの合唱隊をハットラと同じシーンに、そのまま登場させてしまうのである。そこから何とも言えないユーモラスな雰囲気が醸し出される。ハットラの様々な心理も浮かび上がってくる。
それ以外にも変わったシーンがいくつもある。何度も真犯人と間違われて逮捕されてしまう外国人青年の存在なども笑いを誘う。
アイスランドの自然を生かした映像は今回も健在だ。果てしなく広がる草原など美しい風景だけでなく、ゴツゴツした岩山など様々な自然の表情が見られる。それらがハットラの行動の舞台となり、ドラマを盛り上げる役割を果たす。
そして今回の大きな特徴が、自然破壊、過度なテクノロジーの発達、監視社会といった現代の社会的テーマが盛り込まれた作品であるところ。ハットラの家のテレビからは地球温暖化のニュースが流れる。ハットラは親しい公務員と会話をする時に盗聴を恐れてスマホを隔離する。警察は彼女を追うのにドローンを駆使する。
とはいえ、そうした社会的テーマに正面から言及するわけではない。もしも今の時代を痛烈に批判するなら、環境活動家のハットラを典型的なヒロインとして描くはず。だが、エルリングソン監督は、そんなふうには描かない。ハットラにさりげないシンパシーを示しつつも、それ以上は安易に近づかない。彼女の主張には、反グローバリズムや環境保護などの要素がうかがえるものの、明確なものとしては提示されない。見ようによっては身勝手で無謀な女に見えないこともない。だから、その行動に素直に感情移入しにくいのである。
だが、それでも、ひたすら前に突き進むハットラを見ているうちに、何だか心が湧きたってくる。なんとまあバイタリティーあふれる女性なのだろう。相変わらずの人を食ったユーモラスなタッチも相まって、ついつい目が離せなくなってしまう。
それが加速するのが終盤だ。彼女の行動は国内はもちろん、海外でも話題を集めるようになり、当局の追求も一段と厳しくなってくる。そこでハットラは、アルミニウム工場との戦いに決着をつけるべく、最終決戦に乗り出す……。
そこでのハットラと当局の攻防はスリリングで観応え十分。ドローンを駆使して必死で追う当局を前にして、何度かあわやの場面を迎えながらも、ハットラは逃走を続ける。このあたりはアクション映画としての魅力も十分に備えている。
終盤のドラマのポイントになるのは、ハットラの双子の姉の存在だ。彼女がヨガに傾倒し、それがあまりにも極端で笑いを誘うというのも、いかにもエルリングソン監督らしいひねり方だが、いずれにしてもその姉の存在がドラマに大逆転をもたらす。
そしてラストもなかなかに手ごわい。さすがに、ここに至ってはホッコリする感動の大団円が訪れるかと思いきや、何だ? あの洪水は。今後のハットラの人生の波乱の予兆なのか? それとも過去をすべて水に流そうという意図なのか? いかようにも解釈できそうだが、それもまたエルリングソン監督らしいといえるだろう。
素直な感動物語でも、正面切った社会派映画でもない。その代わり、ありきたりの映画にはない魅力がある。シニカルでユーモラスなドラマを通して、人間のたくましさや弱さなど様々な面が伝わってきた。
◆「たちあがる女」(WOMAN AT WAR)
(2018年 アイスランド・フランス・ウクライナ)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ベネディクト・エルリングソン
出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルズアルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン、マルガリータ・ヒルスカ
*YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開予定
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