映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブランカとギター弾き」

ブランカとギター弾き」
シネスイッチ銀座にて。2017年8月13日(日)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-8)。

先日、フィリピンのスラムを舞台にした映画「ローサは密告された」を取り上げたが、ほぼ同時期に同じフィリピンのスラムを舞台にした映画が公開になっている。「ブランカとギター弾き」(BLANKA)(2015年 イタリア)である。

監督・脚本を手がけた長谷井宏紀は、もともと写真家として活動していたらしい。その日本人がなぜイタリア映画を撮ることになったのか。ヴェネツィアビエンナーレヴェネツィア国際映画祭の全額出資のもとで製作したからだ。どうやらこのプロジェクトは、若手監督の育成を目指したものらしく、それだけ長谷井監督の才能が関係者に高く評価されたということだろう。

物語の舞台はフィリピン・マニラのスラム街。ただし、「ローサは密告された」とはだいぶ雰囲気が違う。あちらは、警察の腐敗を背景にスラムの家族を描いた作品で、スラムの様子がリアルすぎるほどリアルに切り取られていた。

それに対して、本作は貧しかったり弱い立場の人々が登場するものの、暗さはあまり感じられない。街の様子も色鮮やかだし、登場人物もみんな生命力にあふれている。リアルというよりも、寓話的な明るさや温かさが感じられる映画である。

主人公のブランカ(サイデル・ガブテロ)は、マニラの路上で窃盗や物乞いをしながら暮らす孤児の少女だ。ある日、彼女はテレビで、有名な女優が自分と同じ境遇の子供を養子に迎えたニュースを見た中年男が、「あの女優いい女だな。金があれば買うのに」と言ったのを真に受けて、「お母さんをお金で買う」というアイデアを思いつく。

ブランカはその少し前に、路上でギターを弾く盲目の老人ピーター(ピーター・ミラリ)と知り合う。そして、孤児仲間の少年たちから意地悪をされて、ダンボールハウスを壊されて途方に暮れたことから、ブランカはピーターを誘って一緒に旅に出る。

ブランカは旅先で、“3万ペソで母親を買います”というビラを街中に貼り、お金を工面しようとする。一方、ピーターはブランカに歌でお金を稼ぐことを教える。まもなく2人はレストランで演奏する仕事を得てお金を稼ぎ、ブランカの計画は順調に進むように見えたのだが……。

この映画の魅力は、何といってもブランカとピーターの交流に尽きる。ブランカ役のサイデル・ガブテロは、YouTubeで披露した歌声がプロデューサーの目に止まって本作で女優デビューを果たした。撮影時はわずか11歳だったというが、その生き生きとした演技と抜群の存在感が実に魅力的だ。

歌声も見事である。ピーターから教えられて歌う「カリノサ」は、フィリピンの民族音楽で、劇中歌は長谷井監督自らが歌詞をつけたとのことだが、素朴で温かいメロディが彼女の声にマッチしている。

それに対してピーター役のピーター・ミラリは、本物の流しのミュージシャンだという。おおらかで温かな人柄がにじみ出る演技で、ブランカを優しく包んでくれる。ちなみに、彼は映画完成後に病気で亡くなっている。それを考えれば、なおさら感慨深い演技だ。

この2人の化学反応が、スクリーンに独特の空気感を立ち昇らせている。印象深いシーンはいくつもあるが、その中でも個人的に最も印象的なのは以下のシーンだ。

ブランカが「盲目なのに夢を見るの?」と尋ねたのに対して、ピーターが「もちろんさ。触ったものが夢になる」と答えると、ブランカが自分の顔を触らせて、「これで夢に出られるね」と告げる。ブランカの健気さが心にしみて、素直に感動してしまうシーンである。

それ以外にも、なかなか含蓄に富んだセリフが多い。「みんな目が見えなければ戦争なんてないのに」というピーターのつぶやき。「どうして金持ちと貧乏がいるの?」という孤児の素朴な疑問。そうしたセリフがドラマに深みを与えている。

孤児たちやトランスジェンダーの人たちなど、脇役にしっかりした存在感があるのも、この映画の魅力だろう。そのほとんどは現地でスカウトしたらしいが、自然で地に足の着いた演技である。

後半、せっかく順調に歩み始めたブランカたちだが、ある罠に引っかかり、再び苦境に陥る。その後、ブランカは街の孤児と行動をともにするが、それがきっかけで彼女の身に危険が及ぶ。

このあたりのドラマの背景には、貧困や人身売買などのフィリピンの負の側面が描き込まれている。もちろん社会派の映画ではないから、正攻法から取り上げているわけではないが、それでも長谷井監督が、しっかりと地元に根を下ろしてこの映画を撮ったことがうかがえる。

とはいえ、脚本には物足りないところもある。ブランカたちがレストランのオーナーにスカウトされるあたりの展開は性急で都合がよすぎるし、一転して苦境に陥るあたりの展開はステレオタイプで予想がついてしまう。

それでも、そうした欠点を凌駕するのがブランカとピーターの絆である。クライマックスではその絆が再確認され、ラストでもう一度、それを強く印象付ける。その時に映るブランカの表情が絶品だ。この表情の輝きだけで、観客はきっと幸せな気分で映画館を後にできるだろう。それほど素晴らしい表情である。

長谷井監督、そして主演のサイデル・ガブテロの今後の活躍が楽しみだ。

●今日の映画代、1500円。チケットポート銀座店で鑑賞券を購入。

 

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