映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「オフィシャル・シークレット」

「オフィシャル・シークレット」
2020年9月14日(月)TOHOシネマズシャンテにて。午後12時より鑑賞(スクリーン2/C-10)。

~違法工作をリークした女性のスリリングな実話。今の日本も射貫く

欧米では、実際に起きた政治的な事件がよく映画化される。「オフィシャル・シークレット」(OFFICIAL SECRETS)(2018年 イギリス)は、イラク戦争開戦前夜に起きた情報リーク事件を描いた実話に基づくポリティカル・サスペンスだ。

2003年1月。イギリスの諜報機関GCHQの職員キャサリン・ガン(キーラ・ナイトレイ)は、アメリカの諜報機関NSAから送られてきたメールに衝撃を受ける。それは、イラク戦争を強行したいアメリカ政府が、そのために必要な違法工作をイギリス政府に要請したものだった。その内容に憤ったキャサリンは、マスコミにリークしようとする。

監督は軍事ネタを緊迫のサスペンスに仕上げた「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」のギャヴィン・フッド。政治的なネタを扱っている本作でも、堂々たるエンターティメント性を発揮している。

前半はキャサリンがメールの内容をプリントアウトし、知人の記者&反戦活動家の女性に手渡すまでがスリリングに描かれる。さらに、それがオブザーバー紙の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)に渡るものの、社の上層部の反対にあったり、なかなか裏が取れないなど迷走する様子を緊迫感とともに描き出す。

それでもどうにかオブザーバー紙の一面のスクープとして、キャサリンがリークした情報が掲載される。世間は騒然となるが、GCHQでは犯人探しが始まり、キャサリンはじめ多くの職員が執拗な尋問にあう。同僚が疑われることに耐えられなくなったキャサリンは、ついに自らがリークしたことを告白する。

キャサリンはけっして英雄ではない。かつて日本の広島で教師をしていた経験もあり、戦争に対する嫌悪感が強い彼女ではあるが、強固な反戦主義者というわけではない。倫理観に突き動かされて情報をリークした後も、「あんなことをしなければ良かった」と後悔したりする。そんな彼女が、事件を通して次第にたくましく成長するのも、このドラマの大きな見どころだ。

キャサリンの思いとは裏腹に、米英を中心とした有志連合は国連安保理の決議なしにイラクを侵略してしまう。彼らが主張する大量破壊兵器も見つからなかったのに。そうした実際の世界情勢も、ブッシュ大統領やブレア首相らのニュース映像を交えつつ、過不足なく描き出す。

そんな中、キャサリンは逮捕されたもののなかなか起訴されない。実は、のちに、それが政府の思惑によるものであることが明らかになる。しかも、当局は、あの手この手で彼女にプレッシャーをかけてくる。移民であるキャサリンの夫を国外追放にしようという策謀も飛び出す。ただし、そこでもフッド監督は、「あわや」のハラハラドキドキの場面を作り出して観客を楽しませることを忘れない。

映画の後半で、ついにキャサリンは「公務機密法違反」で起訴される。一見、勝ち目のないように思える裁判をどう戦うのか。そこで登場するのが人権派弁護士ベン・エマーソン(レイフ・ファインズ)だ。貫禄十分のこの老獪な弁護士は、意外な方法でキャサリンの無実を勝ち取ろうとする。この裁判をめぐる当局とエマーソンとの対決が、後半の大きな見どころとなる。

裁判の結果については伏せるが、その直後のキャサリン本人とエマーソン弁護士本人の姿をニュース映像で登場させて、いったんドラマには終止符が打たれる。だが、その後には、海辺で釣りをするエマーソンと、旧知の当局の人間との会話を見せる。そこでのエマーソンの毅然とした態度は、まさにフッド監督はじめ作り手の姿勢だろう。権力による不正を絶対に許さないという強い意志がそこから感じ取れる。

ブッシュ大統領とともにイラク侵攻を主導したブレア首相だが、イギリスの独立調査委員会は2016年に大量破壊兵器が存在せず、当時の政策が誤りだったことを認めた。だが、もう遅いのである。本作の最後には、イラクで亡くなった人々の数が告げられる。こうした愚行がいつまで繰り返されるのか。

そして、それは今の日本とも無縁ではない。劇中でキャサリンはこう主張する。「政府は変わる。私は政府ではなく、国民に仕えている」。それは森友事件で自殺した財務省職員の思いとも共通したものだろう。このドラマはけっして遠い世界の出来事ではない。公文書の改ざんや様々な情報隠しが横行する現在の日本も射貫く作品だと思う。

最後になったが、本作の俳優陣はいずれも見事な演技を披露している。キャサリンを演じたキーラ・ナイトレイは、国家と対峙する恐怖や後悔、そしてその果ての凛とした姿など、様々な変化する彼女の内面を余すところなく表現していた。「ベッカムに恋して」や「プライドと偏見」など初期の作品からずっと見てきたが、押しも押されもしない演技派俳優になったものである。

エマーソン弁護士役の名優レイフ・ファインズの演技も見逃せない。自ら多弁にまくしたてるのではなく、「ここぞ」という時にズバリと発言するその姿は貫禄十分。何も言わずとも多くのことが伝わってくる演技である。その他、型破りの新聞記者を演じたクセ者リス・エヴァンスなど脇役たちの存在感もタップリだ。

スリリングかつスピーディーでサスペンスフルなエンターティメント映画でありながら、社会派映画としても様々なことを考えさせる中身の濃い作品である。エンタメ映画としても社会派映画としても一級品!

日本でもかつてはこうした作品が多くあったようだが、最近ではほとんど見られない。わずかに昨年の日本アカデミー作品賞に輝いた「新聞記者」が目立つぐらいだろう(あの作品は実際の出来事そのものというよりは、それをベースに組み立てたフィクションだったが)。日本でもこの手のリアルなポリティカル・サスペンスが、もっともっと作られないものだろうか。

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◆「オフィシャル・シークレット」(OFFICIAL SECRETS)
(2018年 イギリス)(上映時間1時間52分)
監督:ギャヴィン・フッド
出演:キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、マシュー・グードリス・エヴァンス、アダム・バクリ、レイフ・ファインズ、コンリース・ヒル、インディラ・バルマ、ジェレミー・ノーサム、ジョン・ヘファーナン、マイアンナ・バーリング、ハティ・モラハン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://officialsecret-movie.com/