映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」

「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」
2020年9月19日(土)新宿武蔵野館にて。午後12時15分より鑑賞(スクリーン1/A-5)。

~壮絶すぎる母の愛が全開のイ・ヨンエ復帰作

映画館の人数制限が緩和されたものの、シネコン等は現時点ではまだ1席空けての販売が多い。一方、ミニシアターは全席販売を再開したところも多い。新宿武蔵野館も18日より全席販売再開とのこと。いや、換気実験などで安全なのはわかっているんですよ。でもねぇ、ずっと隣に人がいない状態で観ていたから、何となくまだ不安なのだ。

ということで、この日、予約したのは最前列の席。さすがに、ここなら隣に人は来ないだろう。そもそも新宿武蔵野館は、最前列でもけっこう観やすいのだ。前列の人の頭もかぶらんしね。

鑑賞したのは、「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」(BRING ME HOME)(2019年 韓国)。テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」、映画「親切なクムジャさん」などで知られるイ・ヨンエの主演作。なんと「親切なクムジャさん」以来14年ぶりの映画出演となる作品だ。

冒頭に映るのは海辺の干潟のようなところを歩くジョンヨン(イ・ヨンエ)。やつれ切って悲壮な顔で歩いている。そのただならぬ姿に目が釘付け。このシーンを観ただけで、早くもガッチリと心をつかまれてしまった。いったい彼女に何が起きたのか。

続いて映るのはジョンヨンが看護師としてソウルの病院で働く場面。救急患者に手際よく対処する姿は、先ほどとは一転して実に頼もしい。だが、同時に、彼女の視線は患者の家族らしい子供に注がれる。実は、ジョンヨンは、6年前に当時7歳だった息子ユンスが公園で姿を消して以来、夫のミョングクとともに懸命にその行方を捜し続けていたのだ。

そんなジョンヨンの心情を、息子とともに暮らす虚構の場面などを使い、抑制的かつ繊細に描き出すキム・スンウ監督。自ら手掛けた脚本とともに、とてもこれがデビュー作とは思えない手腕を見せている。

まもなく、夫のミョングクは「ユンスを見た」という偽の情報に振り回された挙句、交通事故で亡くなってしまう。不幸の連鎖としか言いようのないこの出来事により、ジョンヨンは憔悴する。このあたりのジョンヨンのやつれ方もリアルに描き出される。

そして、憔悴した彼女のもとに情報がもたらされる。ユンスに似た少年が漁村の海辺の釣り場“マンソン釣り場”にいるというのだ。桃のアレルギー、耳の後ろの斑点、やけどの痕、足の小指の副爪などユンスの特徴も一致しているらしい。ジョンヨンはさっそくそこを訪れる。

このマンソン釣り場を取り巻く人々が怪しすぎるのだ。本物の家族かどうかわからない不気味な経営者一家と、ワケあり揃いの従業員たち。おまけに地元警察のホン警長(ユ・ジェミョン)は、一家から金をもらって便宜を図っているらしい。彼らは一様に「そんな少年は知らない」と言い張る。

このあたりから、韓国映画お得意のホラー映画チックな雰囲気が加わる。何が起きてもおかしくない不穏な空気スクリーンを包み、底知れぬ恐怖が漂い始める。その中で、子供を捜すジョンヨンの母の執念が炸裂する。

ドラマが進むにつれて、ジョンヨンの表情は次第に鬼気迫るものとなっていく。何かにとりつかれたように必死で息子を捜す。それを阻止しようとする地元の怪しすぎる人々。それでもジョンヨンはたった一人で彼らに立ち向かう。ジョンヨンの「母の愛」が全開となり、ますますスクリーンから目が離せなくなる。

ドラマは風雲急を告げ、二転三転する終盤へと突入する。終盤のヤマ場は何度もある。まずは釣り場から逃げ出した子供たちをめぐる、海辺でのギリギリのシーン。続いて、とらえられたジョンヨンの決死の脱出&反撃劇。そこでは、これまた韓国映画らしい容赦ないバイオレンスシーンも飛び出す。ひたすら前へと突き進むジョンヨンの姿は、もはや「鬼気迫る」といった次元を超えて、背筋が凍るほどの壮絶さである。

そして、再び冒頭のシーンが登場する。そこで起きる奇跡。だが……。

このあたりの終盤の展開は、ややわかりにくいかもしれない。サービス精神旺盛な韓国映画らしく、過剰さも感じないではない。それでも、その後の後日談のラストに映るジョンヨンの表情が忘れ難い。あれはいったい何を意味するのか。色々と考えさせられるエンディングである。

イ・ヨンエの演技にひたすら圧倒される作品だ。「親切なクムジャさん」は復讐する母の物語だったが、今回は別の形で母の愛を恐ろしいまでの迫力とともに演じている。彼女の表情が、観終わってしばらくたった今も頭から離れない。

ちなみに、イ・ヨンエはスクリーンから遠ざかっている間に、2人の子供の母親になったとのこと。あまり私生活と演技を結び付けて論じたくはないのだが、それでもやはり母として年輪を重ねたことが、本作の演技の深みにつながっているのかもしれない。元々素晴らしい役者だと思ってはいたが、さらにパワーアップして帰ってきた感じだ。

また、釣り場の経営者一家や警察官などクセモノたちの演技も、印象深いものだった。

スリリングで恐ろしいサスペンスとしてエンターティメント性もたっぷりの本作だが、その背景には子供の失踪、幼児虐待、児童労働などの社会的な問題もそこはかとなく織り込まれている。ジョンヨンの夫のミョングクが出入りする行方不明の子供を探す団体の青年のエピソードや、警察署長の「誰も子供たちのことに気を止めなかった」という発言などにそれが表れている。

イ・ヨンエにとって素晴らしい復帰作になったと思う。狂おしいほどの母性のドラマとしても、エンタメ性あふれるサスペンスとしても観応え十分だ。

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◆「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」(BRING ME HOME)
(2019年 韓国)(上映時間1時間48分)
監督・脚本:キム・スンウ
出演:イ・ヨンエ、ユ・ジェミョン、パク・ヘジュン、イ・ウォングン、キム・イーキョン、パク・キョン
新宿武蔵野館ほかにて公開中。順次全国公開予定
ホームページ https://maxam.jp/bringmehome/