映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「最後のランナー」

最後のランナー
有楽町スバル座にて。2018年7月25日(水)午後5時15分より鑑賞(自由席)。

~名作「炎のランナー」のモデルのその後の波乱の人生

フリーランスの欠点の一つがオフィスがないことだ。勤め人なら用事と用事の間がぽっかり空いた時に、「いったん会社に帰るか」となるわけだが、こちとらそうはいかない。さすがに家までは遠いし、どこにも行くところがない。

本日もそういう事情で、ぽっかり空いた時間を持て余し、実に久々に有楽町スバル座に足を運んだのだった。鑑賞したのは「最後のランナー」(ON WINGS OF EAGLES)(2016年 中国・香港・アメリカ)。

アカデミー賞4部門に輝いた1981年の名作「炎のランナー」。と聞くと、ヴァンゲリスの流麗な音楽を思い出す人も多いだろう。そのモデルとなったエリック・リデルのその後を描いたドラマだ。

炎のランナー」では、スコットランド人宣教師の息子エリック・リデルが、1924年のパリ・オリンピックに英国代表として出場し、男子400メートルで金メダルを獲得するまでが描かれた。その後彼はどうしたのか?

スポーツ界の英雄として活躍する道もあったのだが、リデル(ジョセフ・ファインズ)はそれを選ばなかった。敬虔なクリスチャンである彼は、親と同様に宣教師の道を歩み、中国の天津に渡ったのだ。そこで、現地の子どもたちに勉強を教えるようになる。

だが、時代は戦争の影が色濃くなる。1937年、天津が日本軍に占領される中、リデルは妻子をカナダに退避させる。しかし、自分は中国に留まり、人道支援を続ける。そんな中、まもなくリデルは他の欧米民間人とともに、日本軍の収容所に入れられてしまう。そこでの過酷な体験が綴られる。

映画全体の構図は、リデルの運転手を務め、収容所に入れられた後も何かとサポートした中国人青年ジ・ニウ(ショーン・ドウ)の目線で、彼のナレーションを軸にして進行する。

本作は中国、香港、アメリカの合作映画。監督は香港のスティーヴン・シン。その演出は正攻法で、奇をてらったところはまったくない。それでもシリアスな場面、心温まる感動の場面、時にはユーモアなどもバランスよく配しながら、手練れた演出を見せている。

何せ日本軍が支配する収容所が舞台だけに、日本軍の非道な場面もたくさん登場する。それでも、ことさらに煽り立てるような描写はしない。むしろ日本軍の中にも、リデルたちに協力する兵士を登場させるなど、根底に「ヒューマニズム」を据えた描写が目につく。

しかし、まあ、それでもヒドイですよ。日本軍の特に上の連中は。リデルが金メダリストだとわかると、子どもたちの教育係を命じて食料を優遇するのだが、リデルがそれを他の収容所に回したのを知ると、彼を穴蔵の牢獄に閉じ込めるのだ。そんな過酷な日々の中で、リデルはどんどん衰弱し、病気になっていくのである。

炎のランナー」のモデルだけに、「走る」こともドラマの重要な要素になる。リデルが金メダリストであることが収容所の指揮官の耳に入り、指揮官はリデルにレースを申し入れる。この戦いは二度に渡って行われる。

なかでも終盤の戦いは感動的だ。リデルは相当に体が弱り、とても走れるような状態ではない。それでも必死でレースに臨む。なぜならリデルが勝てば、重い病の収容者に薬を差し入れることが許されるからだ。

その戦いの描写にはスポ根物語的な魅力がある。だが、それでも指揮官は……。

このドラマで最も印象的なのは、リデルの利他の心だ。彼は自己を犠牲にして、ひたすら他者に尽くす。一歩間違えば、ただの偉人伝になりがちなドラマだが、そうならないのは、彼の行動の背景に深い信仰心があるからだろう。そして、いついかなる時にも彼は希望を失わない

その純粋な姿は、あまりにも高潔で美しい。それゆえこのドラマは普遍性を持つに至る。単に日本軍の戦争責任を問うというような次元を超えて、時代や民族を越えて多くの人々の生き方を問い、反戦への願いを伝えるのだ。

主役のリデルを演じたのは、「恋におちたシェイクスピア」などのジョセフ・ファインズ。けっして派手な役者ではないが、兄のレイフ・ファインズ同様に、なかなか味のある演技を見せてくれる。

それにしても、あの「炎のランナー」のモデルに、こんな波乱のその後があったとは知らなかった。それがわかっただけでも観てよかったと思う。

◆「最後のランナー」(ON WINGS OF EAGLES
(2016年 中国・香港・アメリカ)(上映時間1時間36分)
監督:スティーヴン・シン
出演:ジョセフ・ファインズ、ショーン・ドウ、エリザベス・アレンズ、小林成男、リチャード・サンダーソンジェシー・コーヴ、オーガスタ・シュウ=ホランド
有楽町スバル座にて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://saigo-runner.com/