映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「麻希のいる世界」

「麻希のいる世界」
2022年1月30日(日)新宿武蔵野館にて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン1/A-6)

~「害虫」を想起させる荒々しくて力強い青春ドラマ

塩田明彦監督の映画で、個人的に最も印象に残っているのは「害虫」(2002年)だ。宮崎あおい扮する中学生の少女が過酷な運命にさらされる姿を、突き放したような冷徹な視線で描いた衝撃的な作品だった。

その塩田監督の新作「麻希のいる世界」は、「害虫」と似たテイストを持つ映画である。塩田監督の前作「さよならくちびる」に出演していた元アイドルグループ「さくら学院」の新谷ゆづみと日髙麻鈴を主演に起用し、2人を想定してオリジナル脚本を書き上げた。

重い持病を抱える高校2年生の由希(新谷ゆづみ)は、海岸で同じ高校に通う麻希(日髙麻鈴)に出会う。麻希には男絡みの悪い噂があったが、勝気な振る舞いに惹かれた由希は憧れを抱く。ある日、由希は麻希の美しい歌声を聞き、バンドを結成しようとする。

キラキラした輝く青春とは無縁のドラマだ。ドラマの中心は由希と麻希の関係にある。由希は重い病気を患い死が身近にあった。だから、「生きた証し」を残すためにひたすら麻希の才能に賭ける。一方の麻希は周囲に反発し、自分に対する同情や共感を拒否し、由希を何度も裏切り続ける。それでも麻希は彼女に執着する。序盤で麻希を追う由希の姿は、まるでストーカーのようだ。

2人の関係は常人からは理解しがたいものかもしれない。由希には重病だという以外にも、母親の行状など負の要素がついてまわるし、麻希も(本人の弁によれば)父親が性犯罪者だという過酷な現実がある。2人とも学校では友達もおらず、どこか浮いた存在に見える。だが、それでも由紀があそこまで麻希に肩入れし、麻希も次第に心を許していく理由は希薄にも思える。

おそらくそこには青春特有の思い込みの激しさがあるのだろう。由希は麻希を絶対の存在だと感じ、ひたすら前へ突き進む。それに引きずられて、麻希も由希を受け入れるようになる。ある意味、その姿は相当にイタいのだが、思春期真っただ中の本人たちは意に介さない。

そんな2人の様子を塩田監督は、「害虫」同様に冷徹な視線で映し出していく。救いや希望はどこにも見えない。共感や理解さえ拒否する。安直な感情移入など誰もできない。ただひたすら、麻希の強い意志と麻希の虚無感を浮き彫りにする。同時に2人の前にある危うさも映し出す。

映画の中盤は音楽ドラマの様相を呈する。由希は麻希とともに軽音部に入ってバンド活動をすると宣言する。だが、由希に秘かな想いを抱く軽音部の祐介(窪塚愛流)は、由希を麻希から引き離そうとする。そうするうちに、逆に彼女たちのバンドに協力するようになってしまう。

向井秀徳が作詞・作曲した楽曲がドラマにぴったり合っている。それを麻希がギターをかき鳴らしながら歌う。麻希の心の内をさらけ出すような楽曲だ。そのままリリースしてほしいぐらい素晴らしい。

麻希の曲を祐介がアレンジし、それをきっかけに本格的デビュー……となれば、青春ドラマとしては定番のパターンだろう。

だが、その後の展開には唖然とするばかりだ。ネタバレになるから詳しくは言わないが、由希にも麻希にも祐介にもとんでもないことが起きる。韓国ドラマでもめったにないような予想を超えた急展開である。

一見、唐突にも見えるその展開に説得力を与えているのが2人の若い女優だ。新谷ゆづみと日髙麻鈴。2人の力強いたたずまいと目線の強さが、すべてを納得させてしまう。

ラストシーンの由希の涙が心をかき乱す。青春とは思いこみの空回りなのだとつくづく思った。それでも彼女たちは前に突き進んでいくのだろう。その先にある2人の行く末をあれこれ想像してしまった。

まるで若手監督が撮ったような、荒々しくて、力強さにあふれた青春ドラマだ。万人受けする映画とは言い難いが、新谷ゆづみと日髙麻鈴の2人に出会えるだけでも、この映画の存在価値はあると思う。

 

f:id:cinemaking:20220203211638j:plain

◆「麻希のいる世界」
(2022年 日本)(上映時間1時間29分)
監督・脚本:塩田明彦
出演:新谷ゆづみ、日髙麻鈴、窪塚愛流、鎌田らい樹、八木優希、大橋律、松浦祐也、青山倫子、井浦新
ユーロスペース新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://makinoirusekai.com/

 


www.youtube.com