映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハッピー・オールド・イヤー」

「ハッピー・オールド・イヤー」
2020年12月11日(金)新宿シネマカリテにて。午前10時45分より鑑賞(スクリーン1/A-8)

~断捨離を通して過去と向き合うヒロイン

断捨離は面倒だ。面倒だからなかなか手を付けない。よって、いつまでたっても家にはモノがあふれている。

そんな断捨離を決意したヒロインが主人公のドラマが「ハッピー・オールド・イヤー」である。世界的にヒットしたタイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」の製作スタジオ「GDH559」が、同作のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンを再び主演に迎えた作品だ。監督は東京国際映画祭で上映された「マリー・イズ・ハッピー」などのナワポン・タムロンラタナリット。

デザイナーのジーン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)はスウェーデンに留学し、ミニマルスタイルを学んで帰国する。彼女はかつて父が営んでいた音楽教室兼自宅の小さなビルに母と兄と住んでいた。

ある日、ビルを改装してデザイン事務所にしようと考えた彼女は、家にある大量のモノを断捨離しようとする。だが、ネットで自作の服を販売する兄はミニマルスタイルをよく分かっておらず、母はリフォームそのものに反対だった。それでも内装業を営む親友・ピンク(パッチャー・キットチャイジャルーン)の協力もあり、断捨離は順調に進むかに思えたのだが……。

出だしはポップでコミカルなタッチ。テンポの良い演出、ハイセンスな音楽もあって軽快にドラマが進む。だが、ドラマは次第に哀切を帯びてくる。

ジーンのつまずきは、ピンクからのプレゼントのCDを捨てようとしたことにある。もちろんジーンはそのことを忘れていて、何の考えもなしに捨てようとしたのだが、ピンクにとってはたまったものではない。彼女は激しくジーンを非難する。

ジーンは謝るのが苦手だった。「ごめんなさい」がなかなか言えないのだ。それでもピンクに諭されて、ようやく「ごめんなさい」と言う。

そして、それをきっかけにジーンは洋服、レコード、アクセサリー、楽器など友達から借りたままだったモノを返してまわる。受け取った相手は素直に喜ぶ者もいれば、「あなたが私にどんなひどいことをしたのか分かっているのか」と怒る者もいる。いずれにしても、そこで彼女は身勝手だった過去の自分と向き合うことになる。

そんな中、ジーンにとって気になるものがあった。元恋人のエム(サニー・スワンメーターノン)から借りたカメラである。直接返しに行く勇気が持てない彼女は、小包にして送る。だが、受取拒否されて返ってきてしまう。ジーンはスウェーデンに渡ったのをきっかけに、一方的にエムとの関係を絶ったのだ。迷った末に今度は直接カメラを返しに行く。

ジーンがエムを振った理由は、自分勝手なものだった。しかも、全く何の説明もなしに消えたのだ。今さら会わせる顔がない。だから、必死になって謝る。ジーンは他人の痛みに初めて思い至ったのだ。それに対してエムは、意外なことに温かく迎えてくれる。

今さら取り戻せない過去。それでも何とかして取り戻したい過去。取り戻せる。取り戻せない。その狭間で揺れているジーン。チュティモン・ジョンジャルーンスックジンの演技が絶品だ。泣いているのか笑っているのか、微妙な表情を見せるのだが、それがジーンの心の揺れ動きをヴィヴィッドに表現する。

しかも、「コーンスープを作るから手伝って」と言うエムの言葉に従って家に入り、しばし懐かしさに心を震わせていると、やはりいたのである。ミー(サリカー・サートシンスパー)という新しい恋人が。

それはそうだろう。一方的に振ったのは自分の方だ。彼に新しい恋人がいたとて、驚くには値しない。だが、頭ではわかっていても、心の中はそうはいかない。かくして、ジーン、エム、ミーの3人は微妙な関係をしばし続けるのだ。

そして、ジーンにはもう一つの懸案があった。父のピアノである。父は家を出て今では誰も弾く者がいない。母はそれでも売ることに大反対だ。そこで、ジーンは父に電話をする。ビアノを売っていいかどうか聞くのである。

その場面も実に良いシーンである。電話の向こうの父親の声は聞こえないのだが、ジョンジャルーンスックジンの繊細な演技によって、すべてが明らかになる。タムロンラタナリット監督の演出もツボを心得ている。つらい。観ていてひたすらつらい。そんな場面である。

その後、ジーン、エム、ミーの三角関係には大きな変化が訪れる。それでもジーンは前に進もうとする。

ジーンにとっての断捨離は、過去と向き合い、葛藤しながら自分を変えていくプロセスだったのだろう。その果ての彼女の心情が、ラストの表情に現れている。ここでもまたジョンジャルーンスックジンが絶妙の演技を見せる。流れる涙の向こう側に、彼女の明日があるのだろうか。自分勝手な過去の自分とは決別できたのだろうか。もがき苦しんだ末に、見出したのは希望の光だったのだろうか。ひたすら切ないラストである。今年の名シーンの1つ!

断捨離とはかくも大変なものなのか。自分の過去と向き合わねばならないのか。ならばちょっと断捨離は先延ばしにしようかな……というのはただの言い訳である。

それにしても、こんまりの片づけ術は世界的に人気なのだなぁ。

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◆「ハッピー・オールド・イヤー」(HAPPY OLD YEAR)
(2019年 タイ)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:ナワポン・タムロンラタナリット
出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、サニー・スワンメーターノン、サリカー・サートシンスパー、ティラワット・ゴーサワン、パッチャー・キットチャイジャルーン、アパシリ・チャンタラッサミー
*新宿シネマカリテにて公開中
ホームページ http://www.zaziefilms.com/happyoldyear/